わようげっちゅー!

無名

01

 生きていく上で勢いってのは重要だ。

 何かを決めることには多かれ少なかれ葛藤、躊躇いが伴うだろう。だが、それが英断だったか過誤だったかなんて決めた後にしかわからない。進まない限り、足踏みしている地点はいつまで経っても過去にならない。

 一歩踏み出すために必要なのは、勇気とかそういう出所不明な強さなんかじゃなく、勢いなのだと考える。

 この持論の下、俺は仕事を辞めた。


 自宅で夕食を済ませ、ベッドで何をするでもなく天井を見つめていると電話が鳴った。

 眠りたかったが、応答する。

「もしもし」

『ああ、私だけど。アンタさー、お金どうしてんのよ? たんまり貯金してたようには思えないんだけど』

「いきなりなんだよ……。まあ、まだちょっとあるよ」

『ちょっとって? いくらよ?』

「……7万くらい?」

『はあ!? そんだけ!?』

「耳元で騒ぐなって……」

 電話越しの姉は俺の近況に驚きとも憤りとも取れるような声をあげている。

 俺が仕事を辞めてから半年ほど経っただろうか。25歳のサラリーマンが蓄えられる金などそう多くはない。一人暮らしで半年も持ったのだ。善戦だっただろう。

『で、次の仕事決まったわけ?』

「えーと」

『まだなのね?』

「…………」

 おいこら、決めつけてんじゃねぇ!

「まだです」

『でしょうね。勢い任せに辞職、大した取り柄のないサラリーマンがいきなり無職。転職が難航するのは自明の理よね』

「やめろ、その攻撃は俺に効く。やめてくれ」

『どうするつもりなの?』

 どうすると言われても、正直なところどうしようもないのが現状だ。非正規雇用、パート・アルバイトならいくらでもあるだろう。だが、俺は……

『どうせプライドの高いアンタのことだから正社員に拘ってるんでしょ』

「ぐぬぬ」

 やはり家族だな。俺の性格を理解しているだけある。図星だ。

 主に人間関係の悩みが多かった。俺の居場所はここじゃない、と言い切って3年ほど働いた職場を離れた。勢いはあったが、考えがあったわけじゃなかった。人手が足りない部署だったため、上司に一撃浴びせてやりたいという思いもあり、辞めてやったのだ。(今にして思えば、辞めてしまった、と言い換えるべきか。)

『仕事、紹介してあげる』

「え?」

 間の抜けた声が出た。

 いつから姉は転職支援サービスを始めたのだろうか。俺の知る限りでは高校の英語教師をしていたはずなのだが。

「なんだよ急に。英会話教室でも開くから手伝えってか?」

『私の好きな言葉は「安定」よ。公務員という肩書きを捨ててまで開業なんてしてられないっての』

「リアリティが強すぎる話だな」

『脱線しそうだから話を戻すわ。アンタって昔からおしゃべり好きよね?』

「え? まあ、どっちかって言えば好きだけど」

『人嫌いと見せかけて、わりと世話焼きよね?』

「それは他人が決めることであって俺が決めることじゃない」

『じゃあ私が決める。アンタは世話焼きのおしゃべり君。だけど他人と交わることが苦手という自己矛盾を孕んだ若者よ』

「なんなんだよ、いったい」

『自己矛盾は自分で解消すべきよね? そのチャンスを仕事という形で与えてあげるの』

「よくわからんが、わかった。で、その仕事ってのは?」

『理解が早くて結構。仕事については小鳥を育てるくらいの軽い気持ちでいてもらったほうがいいかも知れないわ』

「小鳥? 俺は犬とか猫のほうが好きなんだが」

『例え話を真に受けないでよね。とにかく、住所を送るからそこへ行きなさい。主な業務の内容だけど……』


 翌日、俺は朝からとある繁華街を訪れていた。

 姉から渡された住所を頼りに目的地を探す。

「和風カフェ『かなりあ』って、ここか」

 小鳥を育てるとは、店名に掛けたものだったか。

 外観の印象として「かなりあ」はいわゆるオシャレなカフェテリア……に見えるのだが、なんだこの違和感は。

 なぜこのモダンな木製ドアの前に店名入りの暖簾が垂れているのか。明らかにミスマッチだろう。

 一度深呼吸をしてから意を決してドアノブを捻る。

 カランカランと小気味いい鐘の音が鳴る。

「へいらっしゃい! ようこそ和風カフェ『かなりあ』へ!!」

 金髪、碧眼、割烹着を着た少女が威勢のいい声でお出迎えしてくれた。

 俺はこの店のマネジメントを任されたのだが、まず言いたいことがある。

「帰りてぇ……」

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