変調

 ある時、シルビアが珍しく深刻そうな顔で部屋にやってきた。


「旦那様…お嬢様のことで少しご相談ごとがございます」


「どうした」


「お嬢様をお外で遊ばせていたのですが……」


 アイリーンを庭で遊ばせていた時、家事の合間に様子を見に行くと、アイリーンの傍らにはカラスの変死体があった。


 アイリーンはその血の紅さに驚いているようで、目を白黒とさせていた。


 シルビアは驚きアイリーンの安否を案じて近寄った。幸運にも外傷はなかったが、その時はまるで弁解するようにアイリーンは繰り返しちがう、とだけ言っていた。


 そして、また別の日の出来事。


 三人が庭で茶を楽しんでいる時のこと。


 庭に野犬が闖入ちんにゅうしてきた。


「旦那様…」


 不安そうにシルビアがこちらを見てくる。


 護身用の剣は裏手にあったはずだが、先にシルビアとアイリーンをどう逃がすべきか。


 考えているうちに、野犬が興奮したようにアイリーンに吠えかかった。


 しかし、それは奇妙な光景だった。


 群れの内、一番の弱者を狙うのは肉食獣の習性だが、野犬の無茶苦茶な吠え方はまるで怖れるかのように見えたのは…気のせいだったか?


 そうして、野犬はアイリーン目掛け、その首を食い千切らんと飛び掛かった。


「アイリーン!!」


 まるでアイルのその叫び声が引き金を引いたかのように、野犬の口から血痰が絡んだような奇妙な鳴き声が漏れで、そのままアイリーンの前にかしずくかのようにその身を地に伏した。


 そうして、野犬の身体から血が滲んだかと思うと、それは瞬く間に芝に水たまりの様に広がった。


 三人とも眼前の出来事に言葉を失った。


 ただ、アイリーンの目の奥に爛爛らんらんと光ったのは……恐怖…………否、それに似た奇妙な興奮に見えた。

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