十三人目 森鷹司

 前の相談者の余韻も消えない内に次の人が来るのは初めてだったが、大丈夫、新しい気持ちにすぐなる筈だ。

 近付いて来た男性は、僕の目の前で急に屈んだ。いや、空気イスだ。

「僕はこれで行く。君は?」

「椅子です。と言うか、何を行くんです?」

「相談だよ」

「何故に空気イス!?」

「人生は熱く、そうだろう?」

「だとしても筋トレしながら相談する理由にはなりません!」

「つれないな。まぁ、僕のことは気にせず、始めてくれ」

「何を!?」

「相談だよ。君が始めないなら僕から行くよ。実はこれから結婚式なんだ」

「パフォーマンスするんですか?」

「いや、新郎だよ。この化粧見れば分かるだろう?」

「どう転んでもお内裏様の範疇を出ない麻呂メイクですけど!?」

 ホホホ、高い声で笑う。

「イケメンは顔に何を描いてもイケメン」

「おでこに魚、って、何描いてるんですか!? 描くって化粧のことじゃないんですか!?」

「魚が居てもイケメン。新婦がサバをこよなく愛している。だから描いた。フィットした」

「尾ビレはみ出してますから! そして間違いない、さっきの人(※)のパートナーですね」

「それは僕には分からない、あと、そろそろ空気イス、やめていい?」

「熱さは!? まだちょっとしか経ってないですよ? と言うか自分で決めて下さい」

 男はへたりこむ。

「ふぅ〜、青春した」

「花火並みの儚さです」

「それで、相談と言うのは他でもない、僕がどれだけ新郎らしいか確かめたいのだ」

「承りました」

「髪型はどうだろう」

「それはどういう髪型なんです?」

「二次元バーコードヘアーだ」

「生やしたり剃ったり! 不揃いなチェス盤ですか!」

「集合写真からスマホで読み込むと、僕のビデオメッセージが見られる」

「新郎だけ下向いた集合写真っておかしいでしょ!?」

「大丈夫。全員下向く」

「頭頂部の博覧会ですか!? みんな、前を向いて生きて! 生きなくても写真のときは前見て!」

「髪型ヨシ」

「ヨシ、じゃないです! メッセージは前に!」

「二次元バーコードはサバ上に。ヨシ」

「サバ上ってどこですか!?」

「サバの絵の胴の部分」

「それ以前にサバをどうにかしないと」

「次は顔だね。イケメンなのはもう分かったし、サバもいい。ダブルヨシ。顔で何かあるかい?」

「顔は諦めます。でも、ピアスから紐が上に伸びて頭上でバルーンと繋がってるのは看過出来ません」

「世界初、上に向かうピアスだ。真似してもいいよ」

「しません。バルーンに書いてある文字が『I love me』って、なんだか真実の気はしますが、結婚式では別のにして下さい!」

「別バージョンは『You love you』」

「それも悲しい! 外して!」

「ピアス、ヨシ」

「片時もヨシしてませんから!」

「上半身のオシャレは輝いてるかい?」

「土佐闘犬でも怯むような首輪!」

 ホホホ、また高い笑い声。

「首は急所じゃないか! 厚く守って正解だって、ゲームの終わりに思う筈だよ」

「デスゲームが結婚式で開催されるの!? それにだとしたら心臓は? ペラッペラのランニング一枚じゃ何も防げません」

「これは白のタンクトップだ」

「判定に専門性を要する内容です!」

「よく気付いたな。僕はタンクトップ判定士三級の有資格者だ」

「資格がニッチ! 仮にタンクトップだとして、守備力上がりますか? じゃない! 何で結婚式に守備力重視の話になってるんです!?」

「ゲームで生き残るために」

「式場でゲームしなーい!」

「タンクトップ、ヨシ」

「最後でもいいから、ヨシの基準を教えて下さい」

「指輪はどうだろう」

「十本指全部って、指輪のディスプレイでもそこまでしませんよ! クライマックスが! 指輪の交換が! 限界希釈されてしまう!」

「メリケンサックの方がよかったか?」

「結婚式で何をしたいの?」

「指輪の交換は、したい。僕のロマンチックが焦点を結ぶ瞬間だ」

「発火しそうです! じゃあ、指輪を外しては?」

「いやここはむしろ、全部交換する」

「そんなダラダラやってたら、ロマンチックの焦点、ぼやけまくりますよ!」

「指輪ヨシ」

「だから、何で!?」

「ボトムスはどうだろう」

「短パンですよね」

「違う。一分丈のジャージだ」

「それを短パンと言うのでは?」

「『ズボンの長さを考える会』の基準では、一分丈は短パンではなくホットパンツに分類される。そしてジャージ地のホットパンツは艶やか過ぎる観点から、マグマパンツと呼ばれる。このことより、僕が穿いてるのは一分丈のジャージ、もしくはマグマパンツだ」

「そんな会が!」

「会長は僕だ」

「全部、ご自分で?」

「作った」

「マグマパンツって名乗りたいだけですよね!?」

「違う、マグマなんだ。この短パンは僕をマグマにするんだ」

「観念的な中に『短パン』自白、頂きました。タンクトップと言いマグマパンツと言い、そのへん走りに行く格好ですよね」

「クゥ〜! ボトムス、ヨシ」

「靴。と言うかそれは下駄ですよね」

「和風厚底、部分的に軽量化」

「フランス料理風!? でも下駄ですから!」

「必要なのは厚さではない。軽さでもない。いかにオシャレかと言う一点のみだ」

「結婚式にはそぐわないですけど、下駄がオシャレだと言うのはあると思います」

「下駄、アウト!」

「ねぇ、どうしてですか!?」

「最後に背中の羽根はどうだろう」

 男はくるりと後ろを向く。

「何故にセミの羽根!?」

「夏と儚さを表現した」

「儚さの最も要らない式ですよね!? むしろ永遠を求めませんか!?」

「ドクロのモチーフはいつしか生命のモチーフとしても扱われるようになった」

「セミの羽根が永遠のモチーフになるにはまだ時代が追い付いてません! いや、そんな日は来るのか!?」

「今がその時だ」

「それだけは違います! あとはどこでしょう」

「ハートだな」

「既に熱そう、いや、熱苦しいのは明白ですが、敢えて聞きましょう。今日の結婚式をどう言う風にしたいですか?」

 男はニヤリと笑う。

「最高の俺を焼き付けて欲しい!」

「最高の二人にして下さい!」

 じっとねめ付け合う。

「あなたがあなたを愛していること、熱いハートを持っていることは分かりました。きっとそれは他の人を愛する基盤としてとても重要なものです。だから、今日からはその矛先を新婦さんにも存分に向けて下さい」

「そうしてみるよ。彼女への愛を表現するためにスクワットするのはどうかな」

「もう少し、直接的な方法の方が伝わりやすいんじゃないでしょうか」

「うむ。やってみよう。ありがとう、じゃあ」

「ちょっと待って下さい」

 去ろうとする男を引き止める。意図を察したのか、男は、ホホホ、と笑う。

「君にツッコまれないような個性は甘いからアウト。ツッコまれが十分ならヨシ、という基準だよ。個性の測定器になって貰ったのさ」

「なるほど、では総合評価は?」

「ビッグヨシだ」

 男はもう一度、ホホホと笑って、今度こそ行った。ツッコミのそのような利用法があるなんて考えたこともなかった。不思議と僕に自信が芽生える。きっと彼にも芽生えただろう。双方にいいなんて、ツッコミ面談はアイデアルインタビューなのかも知れない。いや、ちょっと彼のノリがうつってるぞ。I love meの効用、あるとしたらこれだな。


※十二人目参照


52ツッコミ

累計621ツッコミ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る