十一人目 もえ(吉川優子)

 宵の口まではまだ少し。蝉の声も心なしかトーンダウンしている。そろそろ帰ろうか。

 いや、真っ直ぐにこっちへ向かってくる初老の女性、強い眼光が僕の動きを制止させる。

「間に合ったわ。さぁ、占うよ」

「駆け込み乗車からの押し売り占い!? どんなコンボですか!」

「私の必殺コンボは姓名判断から入って、手相、人相と繋いだ後に、タロットでフィニッシュ。K O!」

「お客さんを!? これから僕も同じ目に!?」

「準備は出来てるわ」

「僕は出来てません。覚悟の種類がわかりません」

「それ、占ってあげる」

「占いたがりっぷりが、覚えたてのトリビアを携えた少年の域ですが、通しません!」

「彼が覚えたトリビアは『彼の家の左右の家の奥さんが両方とも「もえ」と言う名前』よ。占いに出たわ」

「トリビアの有効範囲が狭すぎる! 『もえ』さんが二人ってのはそれなりに珍しいですけど、挟まれた一家だけが盛り上がれる話ですよね? と言うかさらっと占いました?」

「コソ占よ」

「コソ勉ですか!?」

「少年の向かいの家には私が住んでるわ。今朝行きがけに彼が目を輝かせて話したのがこのトリビアよ」

「それは占いではなくて回想です!」

「そして私の占い名は『もえ』よ」

「『もえ』の三角地帯!? 秋葉原以外にそんなところがあったとは! 少年には伝えたんですか?」

「もちろん。奇声を上げて興奮したわ。そして私を指差して『第三の「もえ」だ!』と言うから『私が最初の「もえ」よ』って言ってやったわ」

「少年は?」

「『「もえ」は年功序列じゃないよ、実力順だよ』と言って去って行ったわ」

「名前とは別の話に聞こえて来たんですけど!?」

「『だったら私が一番よ!』って叫んだわ。何だか彼の気持ちの奪い合いをしているような気持ちになったわ」

「錯覚です! 『もえ』の取り合いです」

「それでもきっと私が一番になって見せる」

「占いで一番になりましょう。コンボの中で、タロットだけ雰囲気が違うのは何故ですか?」

「占いは卜・命・相に大別されるの。元々は相に分類されているものをやっていたのだけど、卜もやろうと思って取り入れたのよ」

「僕迷走? 占い怖い」

「迷走したら占うの。あなた、迷走してるでしょ?」

「ここでツッコミ面談をするのが迷走なのか正しい道なのかは、僕には分かりません」

「私のコンボを受ければ、拓けるわよ」

「K Oされちゃうんですよね? もえさんは好戦的なんですか?」

「至って温厚よ。ビームが出たらいいなとは思うけど」

「光線違いです! ビームで占うんですか?」

「出れば、是非ラインナップに加えたいわ」

「どうやって占うんです!? お客さん黒こげになっちゃいますよ」

「そうね。ツマミを弱にして、壁に貼った紙に発射、コゲの跡で占うってのはどうかしら」

「ツマミって何!? どこですか!? そんなものあるの!? そしていつも怪獣にはどの強さで!? しかもその占いお客さん何も関与してないですよね!?」

「ツマミはビームを獲得したら教えてあげるわ。占いはお客さんは何もしないタイプもあるわよ」

「もうビーム会得して下さい!」

「他には前世占い、夢占い、UMA占い、色々出来るわよ」

「UMA占い!?」

「ミステリアスでしょ? 占いには必要な要素よ」

「ミステリアスが地滑りを起こしてます!」

「生年月日から対応するUMAが授けられるわ。そのUMAに因んだコメントも」

「どんなUMAなんです?」

「じゃあ、生年月日をこの紙に」

「え、占うんですか?」

「どうせなら、しようよ。大丈夫、怖くない、痛くない」

「注射ですか!? でも興味が完勝してしまった、占います」

 僕は紙に生年月日を書く。

「ふむふむ。あなたには乳母が授けられます」

「乳母!? どこがUMAなんですか!? 未確認生物どころかかっちり存在してますよね!?」

「U、何かのアルファベット、A。で構成されるもの達が授けられる占いよ」

「じゃあ、UBAってこと!? ネーミング紛らわしい! で、授けられたコメントは何なんですか?」

「乳母は、『人のために力を尽くすことに喜びを持つタイプ』『年齢が上がる程に能力を発揮する機会が増える』『黒歴史がある』『貯金が少ない』が主なものね」

「合っている前半分。でも、後半分、その決めつけは酷くないですか?」

「まあまあ、占いだからね」

「あなたが一番言ってはいけない言葉ですよ! でも、黒歴史はあるし、貯金は少ない」

「どんな黒歴史なの?」

「それはいつか僕が客として占って貰うときに話します。結構合ってますね、UMA占い。他にどんなのがいるんです?」

「四グループに分かれて、まず最初は『乳母』群」

「乳母群って、過保護過ぎるでしょ!? 赤ちゃんの周りが大渋滞してます!」

「中には『乳母』『メカ乳母』『宇宙乳母』が含まれる」

「メカ乳母!? さらに上位に宇宙乳母、ポケモンの進化ですか!?」

「メカ乳母はUVA、宇宙乳母はUPAに対応してるの」

「どんな生き物なんです!?」

「メカ乳母は乳母がメカを、多分ビームも、装着した状態。宇宙乳母はその乳母が宇宙まで行った状態」

「中身は同じってことですよね!?」

「環境が変われば人は変わるわ。宇宙乳母はもうあの頃の乳母じゃないの」

「何で占いのキャラクターに歴史性を持たせるんです!?」

「それこそがこの占いの新機軸よ。次に占うときに進化したら嬉しいでしょ?」

「生年月日は進化しません」

「次は動物群。『馬』『うさぎ』『フランケンシュタイン』が含まれるわ」

「UMA、USA、は分かりますけど、フランケンがどうしてここに?」

「UGAと鳴くから」

「思いっ切りこじって付けてますよね!?」

「次はヴォイス群『歌』『うわ!』『うざ!』が含まれるわ。そのままよ」

「あなたのUMAは『うざ!』ですとか言われたら凹みますよ」

「最後が物理群『凝集』『裏L』『裏R』」

「それは何が何だか分かりません」

「UJAってことで凝集、URA、ULAが裏のRとL」

「残った三つをまとめ売りですね。全般的に強引ですけど、丁度十二個あるってのは上手く出来てますね」

「十二個にするために強引になったと言う説があるわ」

「聞いたことなかったですけど、UMA占いって新しいんですか?」

「去年、第三の『もえ』が作ったと伝承されているわ」

「あなたですよね!?」

「もうバレちゃった!?」

「バラしたいタイプの芸能人ですか! てことは、自作の占いってことですよね!?」

「手作り感滲み出ちゃったかな?」

「今それは褒め言葉じゃないです! いや、自作感はあまりなかったですけど」

「じゃあ、本格的に占わせてくれる? もう、一つはやったんだし」

「……ちょっとだけですよ?」

「まずは人相」

 もえはポーチから大きな虫眼鏡を出すと、僕の顔を眼鏡越しに覗く。

「……目があって、鼻があって、口がある……あなた、人間ね!」

「一体どんな知的生命体と会話をしていたつもりだったんですか!?」

「金星人でないことはすぐに分かった」

「僕と金星人の距離! 上野とブラジルくらい遠いですよね!?」

「秋葉原とブラジルくらいね」

「微差!」

「理解するんじゃなくて、感じて。ほら、上野からブラジルまでこころが飛翔して、そのあと秋葉原に帰って来る、そんなイメージ」

「困難が過ぎる!」

「次は手相。ふむふむ。トイレ入りの型は不知火型ですね」

「トイレに入るのに型なんてあるんですか?」

「両手をお腹に当ててるのが雲龍型。トイレ長い。腹に当ててないのが不知火型。早いわ」

「それは単にお腹が壊れているかだけの違いですよね!? と言うか何で大相撲に例えるんですか!?」

「手相おしまい。次行こう」

「僕の手相にはそれしか書いてないんですか!?」

「前世を占うよ。ふむふむ。前世は力士です」

「また相撲?」

「四股名は『達磨山』」

「手も足も出ずに負けちゃいます!」

「いや、七転び八起き」

「転んだ時点で負けですから!」

「ラッキースポットは国技館」

「それ前世の情報と違います! と言うか、ただの大相撲好きですよね!?」

「大好きよ! でも、占い師であることも本当。悩みは流行らないこと」

 見えないため息を彼女がついた。僕もほぼ同時に、ついた。二つのため息が混じって、世界の色を少し青くした。

「どうすれば流行るか。多分、内容に問題はないのだと思います。突飛でしたが面白いし、一度受ければその良さは分かるように思います」

「確かに、ファンになって繰り返し通ってくれる人はいるわ」

「広告を出すように、占い場、って言うんですかね、そこに説明をもっと加えるとか、youtubeに占っている画像をアップするとか。どんなに素晴らしいものでも知らなければ絶対に体験出来ません。小説が読まれて初めて作品になるように、占いも体験をして初めて占いになるのではないでしょうか。そのために宣伝活動に力を入れるのは、必要な投資だと思います」

 もえは深く頷く。

「確かに宣伝を軽視していたかも知れない。でも実はここに来ることが既に宣伝を開始したことでもあると思うの。あなたは少なくとも私を知った。そうでしょう?」

「そうですね」

「だから、宣伝をすると言うことは私にとって初めてのことではなくなったの。ずっと気軽にやれるわ」

「その踏み台になれたのならよかったです」

「私は『もえ』。上野公園の母と呼ばれてるわ。同じ敷地内よ、いつでもいらっしゃい」

「母の範囲が狭いのに、ひどく深いように感じます!」

「じゃあ、またね。きっと来てね」

 もえは手を振り、振り返り振り返りしながら公園の奥の方に去っていった。今度は彼女の巣に行ってみよう。彼女が言う通り、最初の宣伝は完了している。彼女の今日の行動が占い師的直感によってされたのか、ただの偶然なのか、考えてみても結論は出なくて、でも、きっと彼女にとって意義のある時間になっただろうと思えた。僕は上野公園の何と呼ばれているのだろう。


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