12・下準備

 先刻、住まいに訪ねてきたおかしな男・エドワードのからの話はこういうものだった。


「お嬢様は、祖国リアーナと、コルリア沿岸部数ヶ国に広がる大商会の娘さんなのですよ。わたくしは下働きの身でございます」

「海を跨いでるのか。貿易関系の商会なのか?」

「えぇ、その解釈で問題ないです、はい……」

 男は言葉を濁らす。


「……お嬢様はお屋敷から外出なさることも稀ですし、お屋敷にはきちんと警備の兵も居ります。それなのに何故……」

「事情は分かった。要はその攫われたお嬢さんを連れて戻って来れば良いんだな」


 恐らくこの男はこちらに遣いに寄越されたのだろう。それにしても男の道化衣装と貿易商との接点が見えてこないが。

 俺達の向かいで悲嘆にくれる様子の彼をエリスが宥めた。


「大丈夫ですよ。しっかり助けてきてあげるから……」

「ありがとうございます……えぇ、それでは……」

 顔をあげ、気を取り直して段取りを伝えてくる。


「先ほども説明致しました通り、近々ランザッド大陸のヨモルという国に例の商団が辿り着き、暫くそこに滞在するはずです。そこに荷の護衛として接触して頂きます」

「それで」

「コルリア側の護衛さん達とは現地にて顔合わせを行います」

「待ってくれ。そのお嬢さんて一人だよな?」


 彼が補足してくれる。

「勿論でございます。商会の拠点はニルグレスとコルリアどちらにも存在するため、貴方がたのどちらかが救出に成功すれば問題ありません」

「ふむふむ、なるほど……」


「こちらは前払いです。成功した側には報酬を上乗せさせて頂きます」

 そう言って先ほどの鞄を押し出してきた。男は更に嬉しいことを述べる。

「今任務の船の手配、経費の負担はこちらが致します」


「わ!ほんとですか!」

 エリスが手を合わせて喜ぶ。

「いいのか?先に結構貰ったんだし……これ」


 彼がニコニコしながら手を振った。

「いえいえ、ほんのお気持ちですから……出発は明後日、港はこちらになります。合言葉は……」

 その後も一通りの打ち合わせを済ませると、男はそそくさと席を立ったのだった。


「なんだか、凄い変わった人だったね」

「そうだな……」

「うん……嫌な感じ」

 そう言って少女はわざとらしく身震いしてみせた。


 確かに異様な人物だった。こんな辺境でさえ目立ちまくりそうな妙ちくりんな格好、その上大陸を股にかける大商会の関係者ときた。


「お嬢さん、助けてあげないとね。他の捕まってる人達には申し訳ないけど……」

 今回助けるのは商会の娘一人だけだ。コルリア側の傭いも少数と聞いた。何より船での移動だ……大勢の人が乗った車ごと運び出すわけにもいくまい。


 それに俺達はカネで雇われる身だ。向こうはこちらに詳しい事情を話す義理はないし、こちらも相手から話さない限りは深いところまで切り込まないのが礼儀だ。


「……その人達には悪いが、ただ言われた事をやるだけさ」

 と返しつつ、俺は彼女に一つ尋ねた。

「……と言うか、本当に受けるのか?」


「んん、ええと……?」

 きょとんとしてこちらを見つめ返してきた。


「俺達が救出するとは限らないんだぞ。もう一組、雇われてるのがいるんだし」

 あぁなるほどね、と合点がいったようだ。クスリと笑って脇を小突いてくる。


「ダメだよ、前金もらってお仕事フケようなんて……」

「しかしだな、向こうにお鉢が回ったら俺達実質タダ働きなんだぞ?」

「あはは、なに、その理論。もしやアスタ、ついに頭が……!早く診てあげないと!」

「俺の頭は今は関係ないだろ!」


 歯向かう俺をよそに、彼女は座っていた椅子ごと身体を半回転させ、窓からの景色を眺めようとする。

 しめた。俺はすっと背後に回り擽り攻撃を仕掛けた。


「おりゃっ」

「うひゃぁ!なに!?く、くずぐっだいい」

 頭が逝かれた発言への仕返しを行っていると、彼女が両腕を掴み制してきた。


「そうね……でも」

 その姿勢のまま外を見つめる。今日は久しぶりの曇り空で、まだ正午ではあるが室内は若干暗い。

 ポツリと呟く。


「その金銀持って、どこか遠くに行くのも良いかもね……」

「……」

「そうだね、これ使って引っ越そっか?アスタずっと森の中で飽きたでしょ」

 首を回してこちらを見上げた。


「そりゃ引っ越せるのは嬉しいが、依頼はどうした。やっぱり俺のサボる意見に賛成なのか」

「ふふ、ウソウソ。現地の下調べは大事だよ、でないといざ移住してから苦労するんだから」


「ランザッドに移るのか?」

「えー、あっちものすごく寒いしイヤ」

「どっちだよ」


 彼女のいきなりの言葉に戸惑っていると、腕を離してぴょんと立ち上がり、作業部屋へと向かっていった。

「さ、キミも手伝って。いくらか注文受けてるから」


 暫く留守にするため注文を片付けておくのだろう。

「へいへい、今行きます」


 結局のところ本当に引っ越すことに決定したのだろうか……?ここ最近の、彼女のそう言った提案はイマイチはっきりしないものが多かった。




 翌日。

 エリスは俺を連れてオルクの工房へと向かっていた。


 仕事の前に剣の修繕を行っておきたかったので断る理由のない申し出だったのだが。


「珍しいな。お前が自分から出向くなんて」

「んー?そうかな?」

 俺の前を歩く彼女が振り向く。


「偶にはこういう時もあるってこと」

 そう言いつつ、石畳の上をコツコツとブーツで音をたてながら歩く。


 今日は市も開かれておらず大通りはひっそりとしていて、まばらに人が行き交う程度である。この街の人口が少ない事も理由の一つだ。


「オルクさんのお店、どっちだっけ」

「そこを左に曲がって、後はまっすぐだな」

「あんまり話せたこと無いんだよね。あの人ね、二人で話してるといつも途中で奥さんに引っ張られてくから」

「あぁ、確かそんなことを言ってたな……」


 鼻の下を伸ばしながらエリスと幸せそうに会話するオヤジの顔を思い浮かべる。

「……」

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 暫く歩くいて店の前まで辿り着いた。赤い石組みの外装だ。ベルを鳴らして中に入ると、壁に何本もの剣やら盾やらがかけられギラギラ輝いている。


「オルクー!俺だ、アスタだ!来たぞー!」

 奥の工房に向かって叫ぶと、聞き慣れた低音が返ってきた。


「うるせぇ!叫けばんでも充分聞こえとるわ……っと、おお、エリスの嬢ちゃん!よく来たね」

 荒々しく戸を開け放ったオヤジの顔が笑顔になる。


「こんにちは、ご無沙汰してます」

「いやいや!こっちこそ、いつもアスタが迷惑かけるねえ」

「いつから父親になったんだ」

「ガハハ、時候の挨拶だろが。あんまカッカすんなよな」

「意味わかってないで言ってるだろ」

 腰に手を当ててこちらを見下ろす。


「今日はどうした。新調するにはまだ早えだろ。あぁ、嬢ちゃんに頼まれてたのは……」

「新しく仕事が入ったんです。それでアスタも連れてきたんですけど」

「俺の武器の修復を頼みたいんだが……」


 そこで隣に立つエリスに尋ねた。

「こいつになにか頼んでいたのか?特に聞いてなかったんだが」

 うーん、と曖昧に返してくる彼女に代わりオルクが言った。

「ちゃんと出来てるぜ。まぁ、見せたって構わんだろう」


 彼に続いて工房に入ると熱気が身体を包む。作業台に何やら風変わりな短剣が置かれていた。

「あれか……今使ってるやつでは駄目なのか?」


 彼女が頷く。

「そ、新しい武器。うーん……不満ってわけじゃ無いんだけど、必要になるかなぁって」

「ほら、ちょいと確認しておくれ」

 オルクが持ってきた短剣を彼女に渡した。


「へえ、こりゃまた……」

 刃渡が少し長めなだけで、ぱっと見はいたって普通の刃物である。しかしよく確認すると、刀身に極めて細い筋が幾本も刻まれている。刺した相手に毒を用いるためのものだ。


「ちょいと手間取ったが悪くない出来だろ。鞘もこっちで見繕ってあるでな」

「えぇ、とっても。オルクさん、ありがとうございます」

 エリスが笑顔でそれを受け取る。


 彼女は薬学に精通しているのだから、毒について詳しいのも理解できる。だが滅多なことでそれを用いる彼女では無い。

 こちらの言いたいことを感じ取ったのか、彼女が笑いかけてくる。


「そうね、普段はあんまり使わないんだけど……今回はちょっと大変そうだから」

「深くは聞かねえが、結構面倒くさそうな仕事みてぇだな……」

「心配なら要らないぞ。ちょっと行って逃げてくるだけだ」

 巨体に似合わない表情を見せる彼に腰の得物を渡した。


「あとは俺の剣を頼んだ。今日中にだ」

「今日かよ!早めに来てくれって毎度毎度……」

 不満を露わにするオヤジの前に彼女が割って入った。


「ごめんなさい、今日行こうってわたしが誘ったんです。アスタは何も……」

「いやぁ、嬢ちゃんがそう言ってたんなら別に何にも文句無いぜ!任せなっ」


 途端に満面の笑みに変わった。彼女が店内に長居するのはまずい……今オルクが妻に引っ張られていくのは困る。


「エリス、その辺ぶらぶらしてようぜ。夜に取りにくるからな」

「ちょ、ちょっと、引っ張らないでっ」


 出発は明日だ。他にも色々と準備せねばならないこともある。

 彼女の手をむんずと掴み、物言いたげなオヤジを残して俺達は店をあとにした。

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