第25話 相棒

 耕平たちが残り少ない力を振り絞り地下街を進み続け、最後のシャッターを潜り抜けた時だった。

 そこには彼らを待ち構える者がいた。


「はー、まったくどいつもこいつも頭が悪いよなー」


 ニットキャップを目深にかぶった少年、達也はニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言った。


「たつ……や?」


 美咲は久しぶりに見た少年の姿に疑問を抱く。

 果たして、彼はこの様な笑みを浮かべる人間だったのか。


「お前らのゴールなんて分かり切ってることジャン。だったら先回りするのが賢い男ってもんよ」


 達也はそう言ってスマホの画面を耕平たちへ向ける。

 そこに表示された地図アプリには、スターマイン社に印がつけられていた。


「達也……君は敵なのか?」


 耕平はフラフラとよろめきながらも、美咲たちから一歩前に出てそう言った。


「敵? 何言ってんだ?」


 達也はキョトンとした顔でそう言うと、体を曲げて笑い始める。


「敵! 敵敵敵! それはお前らの方じゃねぇか! お前らが、お前らこそが世界の敵なんだよ!」

「何言ってんのよアンタ! いい! 今のままじゃ大変なことになっちゃうの!」

「無駄だ、止めとけ嬢ちゃん。あのガキ相当舞い上がってやがる、こっちの言葉なんて届きゃしねぇよ」



 達也へ反論しようとする美咲を、宮内は落ち着いた口調で制した。


「誰が敵でも、僕たちは進まなければいけない」


 そう言う耕平の手には美咲のテープレコーダーが握られていた。


「けけけ、やるのか? そのボロボロの体で?」


 達也はそう言ってあざけ笑う。


「ああそうだ。残してきた人たちのためにも、僕たちは止まる訳にはいかない」


 満身創痍の耕平は、それでも両の足で立ち、達也を見据えてそう言った。

 達也はその様子に、ギリと歯を食いしばる。


「いつも、いつもだ……」


 達也は俯きながらそう呟く。


「いつも! いつもだ!

 いつもお前はそうやって人を見下して!

 見せてやる、そうだ、見せてやる。

 俺がお前に劣って無い事を見せてやる」


 憎悪に染まった達也の瞳は、赤く爛々と輝いていた。

 それは、彼が耕平に長らく抱いていたコンプレックスが、マグマのように噴き出したものだった。


「いいよ、やろう、達也」

「俺が、お前を殺るんだ、耕平」


 耕平が手にしたテープレコーダーから、達也の手にしたスマホから一斉にノイズが鳴りわたる。

 そして、ふたりの少年は同時に叫びをあげる。

 自らの悪魔、自らの悪心が形となったものの名を。


「来い! ジャバウオックッ!」


 現れしは、鈍色の騎士。

 ただし、その甲冑に傷の入っていない場所はなく。その右腕は半ばから食いちぎられていた。


「出ろ! ブラック・ドッグッ!」


 現れしは、2頭6足の黒犬。

 その全身には力がみなぎり、片方の口からは紅蓮の炎が、もう片方からは鋭い息吹が漏れ出ていた。


 達也は二体の悪魔を見比べて、改めてあざけりの笑みを浮かべる。


「やれよ! ブラック・ドッグ! そいつの息の根を止めてやれ!」


 ブラック・ドッグは、その影さえ残さぬ速度で、瞬きの間にジャバウオックの懐へと潜り込む。

 轟と爆発的な赤が広がる。

 ジャバウオックは炎に炙られながらも、左腕を叩きつけるように振るった。

 だが、その時既にブラック・ドッグは大きく距離を取っていた。


「とろい、とろい、とろいんだよ!」


 達也は高らかにそう笑う。

 その後もブラック・ドッグはヒット&アウェイを繰り返し、着実にジャバウオックへとダメージを重ねていく。

 ブラック・ドッグのスピードに対応できないジャバウオックは、その残像に届かぬ爪を振る事しか出来なかった。


「うぐ……」


 炎が、疾風が、爪が、牙が、ジャバウオックを蹂躙していく。

 それらのフィードバックにより、耕平の体から血が噴き出していく。


「まだ、だ……」


 だが、耕平は歯を食いしばりながら、その猛攻に耐え忍ぶ。

 ジャバウオックの爪は防御不能の一撃必殺。

 一発当てる事さえできれば、十分におつりの来るしろものだと理解していた。


「がっ……」


 だが、それは両者の状態が万全であるという前提条件があってのもの。

 始めから満身創痍のジャバウオックと、準備万全のブラック・ドッグとでは、つり合いが取れていなかった。

 度重なるダメージに、彼はついに片膝をつく。


「ははっ、見たか耕平! それが俺とお前の差なんだよ!」


 達也は、自らの血だまりに沈み込むような耕平を見下しそう笑う。


「まだ……だ……」


 だが、血しぶきの中にあっても、耕平の闘志は衰えを見せなかった。

 どれ程追い込まれ、どれ程絶望の沼に沈み込もうとも、うちに宿った憎悪の炎は、その勢いを減じようとはしなかった。

 いや、苦境に追い込まれれば追い込まれるほどに、その炎は熱量を増し続ける。


 彼の悪魔が、理不尽に抗うための力なれば。


「まだだ……」


 彼の悪魔が最も力を発揮するのは、死という最大級の理不尽を前にしたときに他ならない。


「まだだッ!」


 耕平の叫びと共に、ジャバウオックの動きが一変する。

 それまでは、どうやっても手の届かなかったブラック・ドッグにジャバウオックの爪がかすり始める。


「何ッ!?」


 たかが皮一枚、されど皮一枚。

 ジャバウオックの爪はブラック・ドッグの皮膚を抉り取り、そこから鮮血が噴き出した。


「ちっ!」


 達也は血をしたたらせた右腕を押さえながら一歩後ずさりをする。


「しっかりしろ! ブラック・ドッグ! そんな死にかけの奴相手に何を手こずっている!」


 ブラック・ドッグは確かにあと一歩の所まで追い込んでいた。

 だが、そこから先に進めずにいた。

 そこから先、命を狩り取るには、あと半歩の踏み込みが必要だった。


 しかし、そこから先は、自らの命を賭ける修羅の領域。

 圧倒的に有利な状況だった達也には、その領域に踏み込むだけの覚悟が無かったのだ。


「うッ!」


 戦況は徐々にジャバウオックへと傾いていく。

 ブラック・ドッグはかろうじて薄皮一枚の回避を続けていくも、その痛みに達也は及び腰になり、必然的にブラック・ドッグの攻め手も消極的になっていく。


「行け……行け! ジャバウオックッ!」


 対して耕平は、全身に深刻なダメージを受けながらも、その闘志を曇らせない。

 本田由紀花と冬木啓介、足止めにおいて来たふたりの命をその爪に込めるように、決死の覚悟で隻腕を振るう。


「がああああああ!?」


 ついに、その左腕は、ブラック・ドッグの頭を抉る。

 ジャバウオックの滅世の爪に抉られたブラック・ドッグの右頭はこの世界から消滅した。


「なんだ! なんだこんなの! 聞いてねぇよ!?」


 達也はそう言って右目を押さえる。

 激しい痛み、流血、そして右視力・聴力の消失。

 それらに一度に襲われた彼はパニック状態になった。


「ギャンッ!」


 そして、その一瞬のスキを突き、ジャバウオックはブラック・ドッグを踏み押さえた。


「勝負ありだ、達也」

「あ……ぐ……」


 負ったダメージとしては、ジャバウオック、そして耕平の方が遥かに上だ。

 だが、勝負は決した。

 今のブラック・ドッグ、そして達也は、断頭台にかけられた罪人と等しかった。


「達也、聞いてくれ。今、世界はまずい方へと行こうとしてるんだ」

「何がまずいんだ! 世界の敵はお前らだろ!」

「そんなの誰が決めたのよ! あの狂ったAIが決めた事でしょ!」

「何でだ! なんでパンドラが狂ってるっていうんだよ!

 俺はパンドラの導きに従い英雄になった! 英雄になれたんだよ!」


 達也は涙を流しながらそう叫んだ。

 彼は、パンドラのナビに従い悪魔を倒し続けた。

 誰もが、彼を称賛し、英雄だともてはやした。

 それは彼の望んだ世界だった。

 そこは彼の憧れた世界だった。

 それこそが、彼の求めた新世界だった。


「違うよ達也。すべては狂った機械によってつくられた世界なんだ」

「いいや、違うな。パンドラは狂ってなどはいない」


 少年たちの会話に、聞きなじみの無い冷たく重い声が響いたのだった。

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