第17話 問い

「私は何とか、本田三佐の手配書が発行されるのを食い止めてみる」


 木下はそう言い残し、席を立った。

 耕平は、まだアドレスが残っていた達也に通話アプリで伝言を残すと、ふたりを探すべく暗闇の街へと駆け出した。


 薄雲に覆われ、星の光も届かない街には、奇妙な高揚感が満ちていた。

 夜遊びのさなかと思われる若者たちは、スマホの画面を光らせながら、がやがやと徒党を組んで小走りに街をさまよっている。


(何かがおかしい)


 耕平は奇妙な疎外感を得つつも、視線をキョロキョロと左右に振りつつ、ふたりの姿を探し歩いた。


(みな、一体何を見ているんだ?)


 ちらりと覗き見たスマホの画面には、地図アプリが表示されていた。

 誰もがみんな、それに視線を落としながら、何かを探すようにキョロキョロと周囲を伺っているのだ。


(もしかして!)


 耕平は、不吉な予感に追い立てられるように、ふたりを探し街を走った。


 ★


 先手必勝とばかりに、足音の方へと突っ込んだ本田を待っていたのは、ニヤニヤと笑いながらスマホを掲げた無数の男たちだった。


「見つけたぜ賞金首! これで大金持ちだ!」

「くっ!」


 本田がその数に躊躇ちゅうちょした時だった、彼らの持っているスマホから一斉にノイズが聞こえて来た。


「しまったッ!」


 本田がそう言った時には既に、多数の悪魔が狭い路地裏にひしめき合うように召喚された。


「美咲さん! 逃げてッ!」


 本田はそう言うと、ホルスターから銃を引き抜き、目の前の悪魔に向けて発砲した。

 タン、タン、と乾いた音が路地裏に木霊する。

 だが、それを食らった悪魔は、ほんのわずかに顔をしかめただけで、血の一滴すら流れ落ちはしなかった。


「くッ!」


 本田は、歯ぎしりをしつつも、悪魔に向けて発砲を続けた。

 悪魔はそんな本田をあざけるように、ゆっくり、じわじわと歩を進める。


 じりじりと悪魔との距離はつまっていき、本田が覚悟を決めた時だ。


「蹴散らせ! ジャバウオック!」


 聞き覚えのある少年の声と共に現れた一体の悪魔が、悪魔の群れに突っ込んだ。


「大丈夫ですか! 本田さん!」


 耕平はそう言って本田をかばうように彼女の前に立った。


「大原さん、どうやってここが!?」

「人波を追ってきたら、発砲音が聞こえて」


 そう答える耕平の顔は青白く、苦痛と疲労の色に染まっていた。


「汗が、酷い、休まないと!」

「ここを突破出来たら休みます!」


 耕平は歯を食いしばりそう答える。

 そして、疲弊する耕平とは裏腹に、彼の悪魔は嬉々とした表情で、敵悪魔たちとの乱闘に没入していく。

 振るわれる剛腕は、鉈のように敵陣を乱雑に切り裂き、突き出される蹴りは、槍のように敵を串刺しにしていく。

 ジャバウオックは正に一騎当千の働きで、敵悪魔たちを八つ裂きにした。


「ぐ……」


 だが、それをあやつる耕平には、加速度的に疲労がたまっていた。

 末端の血液が蒸発していくかのように、手足がしびれ力が抜けていく。

 心臓は早鐘を打ち、鳴りやまない頭痛で頭がい骨が割れそうになる。

 刻一刻と消耗していく耕平に、本田は肩を貸す事しか出来なかった。


 そして、そうしていくうちに、敵の包囲網に穴が開く。


「今です! 脱出します!」


 本田は耕平をおぶさり、わずかに開いた隙間に体をねじ込むようにして駆け抜ける。


「邪魔だッ!」


 わらわらとゾンビのように伸ばされる手を振り払い、耕平をおぶった本田は走る。


(美咲さん、無事でいてください!)


 そう、祈るように、駆け抜けて、包囲網を突破し、路地裏から突き抜けたその時だ。


「またッ!」


 大通りに出た彼女たちを狙いすましたかのように、大型トラックが突進して来た。

 その光景を、消耗し、気絶寸前の耕平は薄れゆく意識の中で両のまぶたに焼き付けた。


 ★


 ドクン――

 心臓がひときわ高く胸を打った。

 ドクン――

 時間がコマ送りになり、音が世界から失われた。

 ドクン――

 世界は無限に分断され、階層化された世界の隙間から、悪魔の赤い目がこちらをのぞき込んでいた。


 悪魔はにたりと口を開け、値踏みする様にこう言った。


『願いを言え』


 と。


 その声は、とろけるように甘く、心の奥底を揺さぶった。


「僕は――」


(理不尽に抗うための力が欲しい)


 口に出そうとしたその言葉は、悪魔の眼差しによって遮られた。


『願いを言え』


「僕は――」


 ぱくぱくと口の中が乾いて、それ以上の言葉が出なかった。

 全てを見通す悪魔の目は、その奥の答えにからみついていた。


「僕は――」


 どろりとした真っ黒い血液が、体を闇に染めていく。

 悪魔は、どこまでも優しく、甘く、ゆっくりと語りかける。


『願いを言え』

「僕……は……」


 幼き日の事故がフラッシュバックのように思い出される。

 トラックとの事故でひき肉のように潰れた両親。

 その後に待ち受けていた、自分を取り巻く好奇の目。

 保険金目当てに押し寄せて来た、名も知らぬ親類たち。

 深海のような重圧の中、世界を外側から見続けていた自分は、何を胸に抱いていたのか。


「僕は!」


 真っ黒な、タールのような血液が一瞬にして沸騰する。

 煮えたぎる血液は、理性というかさぶたをはがし、生々しい憎悪をあらわにする。


「僕は――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!」


 少年の体に漆黒の炎が灯っていく。


「全てを奪った事故が憎い」


 メラメラ、メラメラと、少年の体から溢れた黒い炎はまるで生き物のように少年の体に纏わりつく。


「僕を見世物にした世界が憎い」


 炎は少年の全身を覆いつくす。


「僕を利用しようとした世界が憎い」


 少年を覆い尽くした炎は、その器からはみ出し広がっていく。


「僕は――この世界が――憎い」


 少年の瞳は真紅に染まり、身にまとった炎は、凶悪な騎士をかたどっていた。


『ならば力を与えよう。この世界を滅ぼす力を』


 悪魔はそう言って、ニヤリと頬を歪めたのだった。


 ジャバウオック/Lv25

 HP:301

 MP:58

 力:101

 魔力:27

 体力:88

 速度:93

 スキル:滅世の爪、憎悪の叫び

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