第16話 行方

 耕平はいつものように深夜の徘徊を行っていた。

 ただただ、湧き出る害虫を潰すように悪魔を狩り続ける。

 潰しても、潰しても、悪魔は際限なく湧き出て来た。それを何度でも潰した。


 理不尽に立ち向かうためという当初の目的は、混濁した意識の下に沈み、ただただ機械のように悪魔の湧き潰しを行った。

 ジャバウオックは嬉々として悪魔を屠っていった、嬉々として食らっていった。

 耕平はその光景を濁った瞳で眺めていた。

 まるで、彼の悪魔に操られるように。


 そして、彼が、悪魔を屠り、次のスポットへ移動しようとしていた時だ。

 彼の足元に、一枚の新聞紙がからみついた。

 彼はその新聞へと視線を落とす、するとそこには見覚えのある名前が載っていた。


「!?」


 その名前、矢代美咲と本田由紀花の名前が目に入った途端に、彼は永い眠りから覚めたように目を見開き、新聞を手に取った。


『真昼の繁華街にてトラックの暴走、自動運転装置の故障か?』


 新聞にはその様なタイトルがうたれ。犠牲者の中にふたりの名前と顔写真が記されてあった。


「そんな、美咲が」


 ガクガクと足が震えた。

 幼き日の事故がフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。


 彼は急いでスマホを取り出し操作した。

 長い間放置しておいた通話アプリを立ち上げる。だが、いつの間にか美咲のアドレスはブロックされており、彼は舌打ちをして電話機能を立ち上げる。


「そんな!?」



 だが、電話帳からも美咲のアドレスは消去されており。彼は眉をしかめながらスマホをポケットに戻した。


(いったい、僕は何をしていたんだ)


 彼は頭を振りながら、自宅へと駆け出した。そこに戻れば、本田から貰った名刺がある筈だった。


 ★


「なんですって! 美咲たちが消えた!?」


 探し出した名刺から本田へと連絡をしたが、妙なノイズばかりで通話することが叶わなかった耕平は、木下へと連絡した。

 そして帰って来たのは、『ふたりは入院先の病院から消えた』という知らせだった。


『それが、ちょっと妙な事になっていてね』


 木下はそう言って口を濁すと、『今から会えるかい?』と提案して来た。

 耕平はその慎重な物言いに、嫌な予感を感じつつも、その申し出を受け取った。


 ★


「いや、みょうな時間にすまないね」


 日付は変わり丑三つ時と呼ばれる午前2時ごろ。耕平たちは待ち合わせ場所のファミレスにて合流した。


「いえ、僕の方こそすみません」


 耕平はそう言って深々と頭を下げる。

 耕平のその様子に、木下は柔和な笑みを浮かべて、「警察も24時間営業だからね」と手を振った。


「時間も時間だ、単刀直入に言おう」


 木下は表情を引き締めると、唇に人差し指を当ててから、小声でこう言った。


「本田三佐に矢代美咲誘拐の容疑があがっている」

「!?」


 思わず声を上げそうになった耕平を、木下は眼光鋭く睨みつけた。

 開けかけた口を閉じた耕平に、表情を崩した木下は話を続ける。


「昨日13時ごろ、繁華街にてふたりが事故に巻き込まれた事は確かだ。だが、ふたりは救急車の到着を待つことなく姿を消した」

「それは……どういうことですか?」

「さてねぇ……野次馬の話だと、矢代さんをかばった本田三佐は、少なくない怪我を負っているという事だが……」


 木下はそう言って少し伸びた無精ひげをさすった。


「ふたりの家は?」

「本田三佐の自宅には血痕があった」


 木下は慎重な口調でそう言った。


「採取された血液は二種類。おそらく、ふたりは本田三佐の家で治療を行った後、またどこかへ姿を消したという事になる」

「なんで? ふたりは何から逃げていると言うんです?」

「不明だ。ところで、君はこの新聞に目を通したかね?」


 木下はそう言って一枚の新聞を机の上に広げた。それは、耕平が見たあの新聞だった。

 耕平が頷くと、木下は手間が省けたとばかりに眉を上げる。


「ところで、君はこの記事を見ておかしいとは思わなかったかね?」

「なにが……ですか?」


 そう言う耕平に、木下はふたりの顔写真をトントンと指で叩いた。


「顔が割れるのが早すぎる。いや、そもそもここで被害者の顔写真を載せる必要が無い。

 百歩譲って成年である本田三佐なら分かるが、未成年者である矢代さんを載せるなんて勇み足にも程がある」

「!?」


 耕平は次々と与えられる情報に、頭が混乱して来た。

 ただ、何かとんでもない事にふたりが巻き込まれている、それだけはしっかりと分かった。


「上は、ふたりが行方不明なのを理由に、本田三佐に誘拐の容疑を付けると言っている。

 いっちゃ悪いが、身内の不祥事をこんなにスピーディーに公表するなんてことはあり得ない」


 木下は苦々しくそう言った。


「いったい。何を敵に回したと……」

「さてね、どんな虎の尾を踏んだのか、あるいは悪魔の尻尾か」


 木下はそう言って虚空を睨みつけた。


 ★


「本田さん、ホントに大丈夫ですか」

「ええ、多少は鍛えていますので」


 耕平たちが情報交換を行っている同時刻。本田は、包帯だらけの体をスーツで隠し、美咲を先導して歩いていた。

 とは言え、行く当てのない逃避行だった。

 大通りを通れば、あの時のように自動車で狙われるかもしれない、それ故にふたりは路地裏をネズミのように逃げ回っていた。


「しかし、美咲さんの推理は当たっていたようですね」

「すみません。こんな事に巻き込んでしまって」


 柔らかい笑みを浮かべる本田に、美咲は肩を小さくしてそう言った。


「いえ、国民を守るのは自衛官としての使命です。私は一つたりとも後悔してはおりません」


 本田は、眉を引き締めてそう言った。


 ふたりは、逃げていた、隠れていた。

 街の至るところにある機械の目、監視カメラや車載カメラ、そして監視衛星から。


「本田さん、この方向は駄目です、召喚陣にかぶってしまいます!」


 美咲は、紙地図を見ながら小声でそう叫ぶ。

 召喚陣上には悪魔召喚の為のスポットがある。今の状況で悪魔を相手にして逃げられるとはとても思えなかった。


 本田は、キリと唇をかみしめ、方向転換しようとする。

 その時だ、彼女たちの背後からあからさまにガラの悪い男が現れた。


「ひゃは、見つけ――」

「くっ、させません!」


 本田はそう言うが速いか、男に突進しケリを放つ。

 綺麗に弧を描いたハイキックが男の側頭部に吸い込まれ、男は取り出しかけたスマホを落とし地面に倒れ伏した。


「パンドラの末端にこの場所が把握されました、早く離れないと!」


 本田はそう言うが、男が現れた方向からは複数の足音が聞こえて来る。

 後門の末端、前門の悪魔、そのふたつに挟まれたふたりは身動きが取れなくなる。


「本田さん、どうしよう」


 美咲はそう言って本田にしがみ付く。


「私が囮になります、美咲さんは逃げてください」

「そんな! むちゃですよ、その体で!」

「言い争っている暇はありません」


 本田はそう言うと、背後の男たちを蹴散らすべく、決死の覚悟で飛び出していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る