第6話@マフラーとマフラー

 東山山上駅前は交通量はそこそこあるような場所ですっかり活気をなくした団地が立ち並ぶ、そういう街だ。そんな街でも一筋の希望が感じられる。それはこの地域への京滋大学新キャンパス建設が決定されたとのニュースだ。これはおよそ二年前の話題。あと一年後にはここは学生であふれかえることだろう。つまり、ここはもうすぐ学生の街として活気づくということなのだ。そして、今日はその大学のオープンキャンパス。

 僕らにとってこの大学への進学は可能性としては低かった。それは新興大学であるということは理由として確かに挙げられるがそれだけではない。僕らには別にすでに志望校がある。

 滑り止め、という言い方を僕、唯は地元の中学校で禁止されていたので言わないのだが、実朝はそこらへん、はっきり言ってしまう。

 滑り止めが他の人にとっては本命かもしれない、という日本の社会構造を理解していないのではなかろうかと思う教員の言いがかりから生まれた呼びかけに応じざるを得なかったのは僕らの、ここだけにしておこう。


 九月二十七日、「ポン酢」は路上ライブを開催することとなった。


「えぇ、今日は皆さん、学校見学のお供にしていっていただきたく思い

この曲をお送りしていきたいと思います。聞いてください。『夢。-草船を川辺に-』」


透き通るようなその歌声は久しぶりの故郷の夕暮れを想起させるのにはもってこいというところだったろうか。

「ありがとうございます!続いてお一曲は『言わせたい』この曲の作詞は唯だったよな。」

MCは僕がやっている。それはちょうどよいポジションなのだ。実朝がクールに決め、僕がグループの全体の調律をとる。まるでオーケストラの如く。


「はい。今回の作詞、私でございますけれども。えぇ、この曲は不幸せが不幸せを呼ぶのであって、それを幸せと勘違いすれば、いつか本当の意味での幸せを呼んでくれるのではないだろうか、と。なんて言ったらいいか少し難しいんですけど、それは何かよくわからない、運命のようなもので結ばれていてもそうでなくっても、赤い糸は自分で結びに行くものなのだと。勘違い・すれ違いから生まれるすべてのものへ送りたい。それではお送りしたいと思います。聞いて下さい、『言わせたい』。」


この曲には実朝が普段通り歌うだけではなく、コーラスのみ、つまり僕と唯だけのパートもある。歌うのは好きだけどうまくはない、といった僕と唯にはかなりの難題だったのだが過ぎ去ってみればそれは案外すがすがしいものだった。


この感覚、忘れられない、こういう曲も作ってみようかな、と思わせる形で成長させてくれる良い機会となった。


このあたりでオープンキャンパスに訪れた学生たちの数は落ち着いた。そこで僕らは漫才をすることに切り替えた。地域でのコミュニティに深く入り込むために音楽をするだけの普通の路上ライブでは無益となってしまう。僕らはこのころ合いを見計らって、漫才の準備をしていた。


もちろん、今回の漫才も僕らが中山さんに見てもらい、笑い実証済みだ。

漫才終了時には家にいたであろう地域住民のほとんどとみられる人数が僕らの前にはいた。


「最後にお送りします一曲は『応答せよ』です。この曲は僕の友人が他の学校にすっかりなじんでしまい、疎遠になり、町ですれ違っても知らない人のふりをする、そんな様子を遠くから見て気が付いてその時の感情をそのまま歌詞にしました。聞いてください。いや、聴いてください。忘れないでください。」


その時だった。爆発音、正確には爆発に準ずるような音が聞こえた。


とてつもなくデカい、バイクが近くを走ってきた。改造車だろうか。マフラーがとてつもなく揺れている、馬鹿でかいバイクだった。古谷さんは交通誘導を行い、バイクを止めさせ、話をしていたが、こちらへやってきて今日は申し訳ないけど

「このくらいにしてくれないかな。本当に君たちには関係のないことなんだが、彼らは怒り出すと止まらない部類の人たちでね、君らへの危害、地域住民の皆様への危害を考えると今日のところはやめたほうがよさそうだ。」


せっかくの地域住民の皆さん(とは言ってもほぼ介護施設への慰問のような状態になっているのだが)も入ってきてくれたのに。


そう思いながらも仕方なく、無理やり締めくくりその場を去ろうとした。

そこへ一人のおじいさんがやってきた。どうやら彼はこの団地の住民ではないらしい、著しく貧しい格好だった。

「おい、君たち、面白いねぇ。今度うちの公民館においでよ。小さなところだけどそこなら止められまい。」


「ありがとうございます!」すかさず三人そろっていったところで

「おいじじぃ、若いもんに手ぇ出すんじゃねぇぞこのバカ者が!」


あぁ、きっとあの若いバイク乗りが叫んでいるのだろうと思ってみたが彼はそこにいなかった。


視線を逸らすと別の地域の方がいらっしゃった。どうやら発言の主は彼らではなかろうか、そう思った時に僕らは踏み込みすぎていたのかもしれない、と感じた。


***


 実朝家に今日はお泊り会だ。

「唯、先行ってるぞ!」

「ごめん、私も早くいく!」

唯は最近手芸にはまっているらしい。

総合的に勘案するときっとあのおじいさんにマフラーを差し上げようとしているのかもしれない。それは元来、素敵なことであり否定の余地もなくそっとしておくことにした。

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