彼女の語彙力がいろいろとアレでなんかもうエグい件

   kyckling cola koka




「ブツは用意できたか?」


 彼女からVRビデオメールが届いた。


 なかなか直接会えない僕のために料理を作ってくれたそうだ。VRで。その時点で何言ってるかわかんないんだが。


 彼女が得意料理を作る動画を撮って、僕は腹を空かせてヘッドマウントディスプレイでVRモード再生する。


 それであたかも彼女の愛情がたっぷりこもった手料理を食べている気持ちになれる、とのことだ。VRである必要があるか、やっぱり意味不明だが。


 しかし、ブツって何ですか?


 ブツに関する情報はまったく伝わってこないぞ。


「まずは揉んじゃう? 揉み揉みしちゃう?」


 HMDの画面にはエプロン越しにささやかに膨らんだ彼女の胸が見えた。て言うか、胸しか見えなかった。


 揉むのか? 僕は何を揉むんだ? 自分のか?


 おそらく、彼女はヘッドセットカムで彼女目線の動画を撮っているつもりなんだろう。残念ながらカメラがずれたか、画面に映っているのは彼女の胸のなだらかな膨らみのみだ。肝心のブツとやらはまったく映っていない。


「ブツを何らかの袋に投入。ほらほら、クレイジーなアレも散布して、揉みしだくのさ」


 ビニールか何かが擦れる音がする。彼女の腕が何かを掴み取る仕草をする。ふるふると彼女の細い腕が振るわれる。


 何かが何らかの何かに投入され、そして何かが散布されたんだろう。何が何だかさっぱりわからない。


 カメラ角度のせいで見えないけど、ぶつ切りされた柔らかくて重そうなブツが投入され、筒状のものを振るような動きだ。袖まくりした腕の動きに合わせて胸もかすかに揺れている。


「ムネもいいけど、やっぱりモモよ。今度はこの白い粉でモモ揉んじゃう。やっぱり男の子はフトモモが好きでしょ?」


 彼女の白い腕に白い粉が舞い落ちた。だいぶ粒子の細かい、さらさらとした真っ白い粉。ハリウッド映画の悪役がよく鼻から吸引している白い粉ぐらい白い。それでも気にせずに彼女は腕を振るい続ける。


「クレイジーな粉と白い粉をよく攪拌すると幸せになれる魔法のパウダーになるよ。クレイジーの純度はちょいと高めがコツ」


 その攪拌された怪しげな粉はいったい何なんだ。脱法な粉か? 幸せになれる魔法のパウダーとやらは合法なんですか?


「揉みしだいたのちに、あっためたフライパンに油を垂らして」


 熱せられたフライパンに油が爆ぜる音が聞こえる。


「揉み揉みしたアレのアソコをこうっ!」


 油が一気に弾けたのか、フライパンから跳ね上がる音が一層激しくなった。この音だけで香ばしさが匂ってくるようだ。


 ブツとか、クレイジーな粉とか、幸せになれる魔法のパウダーとか、アソコとかが何なのか依然として謎のままだが。


「そしてこいつらの出番。こいつらって香りの最強タッグね。この匂いを鼻から吸引すれば脳にダイレクトにスイッチが入るよ。まさに脳が覚醒する感覚よ」


 やっぱり吸引するんだな。そして新たな登場人物が出てきたよ。しかもタッグで。吸引すれば覚醒するらしい最強タッグか。吸引。覚醒。これらの脱法ワードのせいで違法性がさらに高まったな。


「この漢字、何て読むんだっけ? オオ? ……大きいのっていいよね」


 僕としては小ぶりなのが好き、いや、何がだ。


「こっちは、ナマ? ……やっぱりナマが好き?」


 時と場合による。いや、何がだ。


「ああーん、いい香り! もう欲望がそそられちゃう! そっちにも匂い届いてる? 香りも再現できるVRギアを早く開発してよ!」


 何の欲がそそられるんだよ。大きくてナマがいい欲望ってかなり限定されるぞ。


 そして漢字は? 漢字読むの諦めたな?


「さらにコレのミドリのアオイとこをざく切りして投入っ! んー、ますますいい匂い!」


 コレはまだいいとして、とにかくグリーンなのかブルーなのかはっきりして欲しい。ブルーな食材なんてあったか?


「……」


 不意に黙りこくる彼女。


 使い込まれた風体の木ベラを握る小さな手。ところどころ色が剥げたフライパンを煽る細い腕。さりげなく揺れる胸。VRHMDで僕はいったい何を見ているのか。ひょっとして、こういうプレイ?


「アタシ、アレ入れたっけ?」


 知りません。わかりません。そもそもそのアレって何のアレだ。今んとこ食材一個も判明していないぞ。


「ほら、人をダメにする甘くて白い粉。ま、いっか。クレイジーなの入ってるし」


 人をダメにする甘くて白い粉なんて合法的に入手できるんですか? クレイジーな白い粉ならいいのか。確認ですが、合法なんですよね。


「さあ、表面がこんな風にパリッといい色になったら、みんな大好き、コイツで煮込みまーす!」


 もうここまで来ると期待を裏切らない彼女に惚れ直してしまう。何者か姿の見えないコイツとやらを両手で持って、何やら蓋を回して開けるような動きを見せる。で、コイツって何?


「コレって赤いイメージあるけど、実際は黒いよねー。一気にしゅわしゅわーっ! さあ、ご一緒に、しゅわしゅわーっ!」


 しゅわしゅわーっ。


 いやいや、だからアレでコイツな何をどれくらい投入するんだ? タレ的な何かと予想したが、フライパンからはかなり激しく泡立つ音が聞こえてくる。けっこうな量の泡立つ液体が混入したぞ。


「カロリーを気にしてゼロカロリーなアレを使っちゃダメよ。合成ナントカとか、人工のアレとか入ってたら絶対美味しくないから。ちゃんと天然物が入ってる奴ね。コカでいいよ、コカで」


 また怪しげでケミカルな単語が出てきた。合成とか人工とか、ますます脱法っぽくなってきたな。天然物って、密漁と密造とかそっち系じゃないよな。しかもコカって言っちゃったし。コカって。部屋で栽培禁止植物を育てちゃったりしてないよな。


「ご一緒に、しゅわしゅわーっ! コカ、イン!」


 さらにしゅわしゅわーってフライパンが音を立てた。さあ、コカ、イ、ちょっと待て。一気に違法性が強まったぞ。違法性どころの話じゃない。絶対にアウトな響きに聞こえるぞ。


「さあて、最後にお醤油で大きく『の』の字を書いて、じっくり煮込んでコレの出来上がり!」


 ようやく知ってる食材が登場だ。醤油ね。それなら用意するまでもなく持ってるよ。結局他の食材が一個もわからないけど。


「とろっとろになるまで煮込めばいいよ。一時間くらいかな。焦げ付かせないように弱火でとろとろ煮込みます」


 全然出来上がりじゃないじゃないか。スウェーデン系日本人であるアンネッタはたどたどしい日本語で陽気に歌いながらフライパンに蓋をした。最後の最後まで料理も顔も見せないままにVR動画は終盤を迎えた。


 いったい、コレって何なんだろう。


「kyckling cola koka! Jag älskar dig !」


 彼女のスウェーデン語で締められてHMD画面が真っ暗になった。僕がスウェーデン語がわからないの知っててやってるな、こいつは。


 で、この謎料理はいつ食えるんですか?

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