ちくわのあな


「ちーくわっ、ちーくわっ、ちくわのあーなはっ、なっんのあなっ?」


 僕は歌う。おかあさんも歌う。僕は夜のごはんを作るのを手伝っているんだ。だから歌うんだ。


「ねえねえ、ちーくわっのあなはっ、なっんのあなっ?」


 僕は歌う。クイズだ。僕が得意のクイズだ。幼稚園のお友達のしょうたくんもあやかちゃんも、それとみゆき先生だって答えがわからない僕のクイズだ。


「えー? ちくわのあな?」


 おかあさんも首を大きく傾けて、やっぱりわからないんだろう、僕のクイズを考えている。僕のクイズはすごいんだ。誰にもわからないんだ。


「ちくわの穴はね、ちくわを焼く時に使う棒の穴だよ」


 おかあさんが答える。僕のクイズの答えを言う。


「ちくわの穴は、チーズとマヨネーズを入れる穴でーす」


「ブッブー。はずれ。ちーくわっ、ちーくわっ、ちーくわっのあっなっはっ、なっんのあなっ?」


 ちーくわっのあっなっはっ、ワームホールだ。三次元宇宙に時間の座標軸を加えて再構築し、精神活動においての感情体に座標軸を意識再現させる事によりセクターとして構成される五次元世界域を転移する環状時空構造体だ。


「まずはぷりっぷりのちくわを食べたい大きさに切りまーす」


 連続した座標軸に位相数学化した時空構造体は、対象がその環状機構を通過できる性質を有した構造であれば、離れた座標へ空間の変動と時間の経過に作用される事なく転移が可能な言わば秘密の抜け道である。


「クイズのちくわの穴に、マヨネーズをちゅーっと! まるでソフトクリームみたいね」


 注意すべき点は環状機構の両端の相転移ではなく、片方からもう片方へ、情報構造は素因数分解されて最小単位の情報体化として抜け道の入り口へ流入し、出口で情報は読み取られてその世界域に構成される情報体をもってして再構築される単発の転移、一方通行である事だ。


「そして、チーズの出番です! マヨネーズ入りちくわの穴に、チーズをぎゅうっと!」


「ちくわのあなに、チーズが入っちゃうの?」


「入っちゃうの」


 もう一つ、ワームホールを構成する情報体と同種の情報体を持った構造体は環状機構と同一化してしまい、結果としてワームホールの環状構造が球状構造へと変異して物質として完結してしまうので留意を必要とする。


 ちくわのあなは、ワームホールなのだ。なのだが、それを僕の四歳児の語彙と表現力ではおかあさんに伝えきれない。ああ、もどかしい。どうすればこの事実を共有できるのか。


「おかあさん、ちくわ貸して」


「ん? どうするの?」


「こうするの」


 僕はちくわをぱくっとくわえた。そしてちゅうっと吸い込む。マヨネーズにまみれたチーズがするりと、魚肉の香ばしく焼きあがった香りとともに僕の口の中に転移してきた。


 マヨネーズとチーズはちくわの入り口で素因数分解されて、別次元の世界域を通じて、僕の口の中で再構築された。マヨネーズとチーズの味がない交ぜになり、どっちもとっても美味しくなる。


「こらっ、チーズだけ食べちゃダメよ」


 ワームホールの環状機構は一方通行だ。僕の口からちくわのあなへ再転移は不可能だ。


「食べちゃった」


「もう。仕方ないわ。次は食べちゃダメよ。次はちくわの穴に何を入れる?」


「えーっとね、カニカマ!」


「カニカマ? ちくわのお友達じゃないの。同じような味になっちゃうよ」


 カニカマは高度な意味情報を持つ情報体だ。ちくわの情報体の代替としても耐えうる時空構造をしており、まさしくちくわと同種の情報体と言える。ちくわとカニカマは情報衝突を起こす事なく融合し、これでちくわは物質として完結するのだ。


「いいの。ちくわのあなにカニカマを入れれば完全体になるの」


「何よ、完全体って」


 これで三次元宇宙に多次元からの変異流入を防げるはずだ。宇宙はカニカマちくわによって守られるのだ。四歳児の表現力ではそれを説明できないのが、非常にもどかしい。


 まあ、美味しいからいいか。

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