第17話

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 結局正月に予定が決まってないのは、金太だけだった。そうかといっていまさら予定を入れることもできず、淋しい正月を迎えることになるのは間違いなかった。

 諦めて机に向かったのはいいのだけれど、なかなか勉強に集中することができなくて、何度もスマホを覗き込み、それに飽きたら寒いなかあてもなく自転車を走らせて時間を潰す金太だった。

 だが大晦日は、母親が正月の買い物に行くというので、退屈していた金太は、荷物持ちを兼ねて同行することになった。商店街まで行く道すがら、金太が母親に話すとことはスマホのことばかりだった。自分で使ったことのない母親は、金太の話について行くことができなくて、空返事を繰り返すばかりだった。

 さすがに大晦日ともなると、市場内に響く売り子の声も普段な倍くらいボリュームを上げている。買い物客もいつもより忙しげに歩く。良い品物を物色するというよりも、早くお目当ての品物を求めて家路につこうという歩き方だった。

 近年おせち料理を家で作らなくなった母親は、脇目も振らずにいつもの総菜屋に向かう。しかしそんな母親にも心に引っかかることがある。それは、娘も高校3年生になることだし、そろそろ料理を教えなければならない年頃になってきているから、おせち料理を拵えるのは娘が冬休み中であることに加えて、いくつかの料理をまとめて教えることができる。

 さんざん悩んだ母親ではあったが、今年はパスすることにした。その理由は、いま大学受験に向けて頑張っているので、大学に合格してからゆっくりと手伝いをさせることにしたのだ。

 買い物は2時間近くかかった。金太の大好きなローストビーフや玉子巻きなど、3、4日なにも買わなくてすむくらいの買い物をした。

 母親は金太を連れて来てよかったと思った。おそらくひとりだったらタクシーで帰ることになっていたに違いない。

 家に帰ると、母親はすぐにビニール袋から買って来たものを取り出して仕分けをはじめる。さすがの金太も雑踏と重い荷物で疲れたらしく、リビングに坐り込んでスマホをいじっている。

 しばらくして、駄賃代わりにふわふわのスポンジのロールケーキを少し厚めに切って出してくれた。そのケーキを金太は3口で食べ終わると、ず、ず、ずと音を立てて紅茶を飲み、なにを思い出したのか自分の部屋に急いで上がって行った。

 金太は机に向かうと、スマホを取り出し、メモ帖に「明けましておめでとう。今年はみんなにとって大事な年になりそうです。合格に向けて一緒に頑張りましょう」というメッセージを打ち込み登録した。夜中の0時にロビンのメンバーに一斉に送ろうというわけだ。本当なら予約送信にすればいいのだが、いろいろ調べたら面倒臭そうだったので、時間になったら手動で送ることにした。

 きょうばかりは遅くまで起きててもいい金太は、0時になるのを待ってメンバーにLINEを送った。みんなメッセージを読んでくれたのだが、ノッポだけは既読にならなかった。おそらく福岡に戻ってなにかと忙しいのだろうと金太は察した。


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