第43話 ヤドリギ←(花言葉でキ〇)

 突然だが。


 本当に突然だが、今、僕は自分の家の自室でビシッと正座している。紗希と二人きりのこの部屋で……


 時間軸は先ほどまでの修羅場があった同日なのでご安心を。


 最近シリアス続きだったので、少しコミカルに話そうかとも思ったが、性に合わないなと秒で断念した。すまん。


 まあ、それはさておき。


 どうしてこのような状況に至ったか。


 順を追って、ざっくり説明しよう。


 あれから僕ら三人はめでたく和解したが、衣鳩先輩の家にいつまでも居座るわけにもいかないので、そのまま解散ということになり、黒野は千花さんと、僕は紗希とに分かれた。


 父さんは衣鳩グループが抱える金銭トラブルについての仕事に取り掛かるため、未だあの場に残っているだろう。


 父さん、あれだけ泣いてたのに、あのテンションで仕事できるのか?


 と、思わないこともなかったが、それは僕が考えるべき問題ではなかったので、すぐ頭の隅に追いやった。


 重要だったのは、このあとどうしようということだ。


 紗希と二人で抜けてきたとはいえ、別段用があるわけでもない。


 帰宅してもよかったんだが、それは何か名残惜しい気がして、できなかった。


 そんなとき、紗希がこう提案したのだ。


「今から凌君のお家に行っていい?」


 デジャブだ。いや、デジャヴュだ。どっちでもいいか。


 こんなやり取りしたなーと顧みながら、実は内心、紗希とまだ一緒にいたいと思っていたので、二つ返事で首肯した。


 今なら、家に母さんもいるからやましいことなんて何もない。女の子を連れ込んだなんてレッテルは貼られないだろう。


 そう思ってたのに……信じてたのに……


 いざ僕らが二人で帰ってきたところを母さんが目撃すると、最初は、ちゃんと向き合えたんだねという感慨深い、何の下心もない良いお母さんの表情をしていたんだ。


 でも、僕らが玄関で靴を脱いでいるときだ。


 急に母さんが「あああああ。そうだそうだ。今日はとっても大事なスクープ写真を撮れるチャンスの日だったわ。てことで。凌太。母さんは今晩帰ってこれないから、適当にご飯食べといてね。だからといって、紗希ちゃんに変なことはしちゃだめだよ。まず合意を得なさいな」


「し、しないから!紗希の前で変なこと言うなよっ」


 と、強弁したのも実を結ばず、母さんは出かける準備を即行し、足早に家を出ていったのだ。


 スクープって僕らのことじゃないよな?隠し撮りとかされないよな?


 と心配しても骨折り損に終わるので、恥じらいを隠し通すために、パパっと行動に移そうとしたのだが、紗希が顔を真っ赤にして固まっていた。


 母さんのセリフを反芻しているのか。


 からかわれると穴があったら入りたくなるくらい忸怩たる思いをするのだが、そうやってウブで純真な女の子の態度を取られる方が僕の心臓への負担が甚大だ。


 可愛すぎる。抱きしめたくなる。


 とまあ、それから一緒に料理をすることになったり、その際、ドキドキするような出来事が何回か起こったりと紆余曲折ありながらも、僕らは晩御飯を済ませたのだ。


 そして、僕の部屋に紗希が半ば強引に入ってきて、今の僕の正座に至るわけだ。


 あ、正座は別に紗希に怒られているとかではなく、ただ、僕がド緊張しているだけだ。足の痺れなんか気にならないくらいに。


「凌君。正座なんてしないで、こっち来なよ」


 紗希が腰を下ろしている僕のベッドをポンポンと叩いて、隣に座るよう促した。


 女の子からベッドに誘われるって、無条件で蠱惑的に映るよな。


 そして、誘われるがまま、僕は紗希の傍にガチガチになりながら腰かけた。


 その直後だ。


 紗希の頭が僕の右肩にピトッともたれかかるように無言でくっついてきた。


 紗希は自身の左手を僕の右手の上にふわっと乗せてきてもいる。


 末端が冷えがちなのか、やっぱり紗希の指はちょびっとだけひんやりしている。


 そのままその冷えた指を絡ませてきた。


 え?嘘だろ?これっていわゆる恋人繋ぎってやつですか?


 そう考え、紗希の方へ顔を向けると、超至近距離で目が合った。


 多分、プールの時と同じくらいかそれ以上に近いっ!


 それだけでも僕の心臓は早鐘を打っているのに、頬を桜色に染めた紗希が畳みかけるように囁いた。




「…………ダメ?」




 だ、だめだ。僕の理性が。もう心臓の拍動がやばい。これ以上我慢し続けていると、死ぬっ!


 こ、こういうときのための用意はちゃんと机の引き出しに入ってるし……


 それに、今、この家には僕たち以外には誰もいない。


 さっきの母さんの言うとおりになってしまうのは癪だが、そんなのはどうでもいい。


 どうでもいいくらい紗希が可愛すぎる。紗希の温もりを感じ取りながら我慢しろという方が土台無理な話だ。


 僕は自分の唇を舐め、肩に余計な力が入ったまま、こう言った。


「ダメじゃない…………」


「そう。わかった……」


 あああああ。言ってしまった。えっと。まずどうするんだっけ。キスか?いや、どこか撫でてあげるのが正解か?


 くっ。ただでさえ経験ゼロな上に、緊張で思考がまとまらない。どうしたらいいんだ!


 あれ?でも紗希に動きがないなー。確かにこういうのは男がリードするものだろうけど、さすがに、動かなさすぎじゃね?


 そう不審に思い、再び、紗希へ目を向けると、まあ、また超至近距離で視線を交わしたわけなんだが、さっきと違い、そこには例の小悪魔的な笑顔があっただけだ。


「こうしてもたれかかっててもいい?って訊いただけだったんだけど。何か違うこと期待しちゃった?」


「~~~~~~~ッッッ!!!!?!!!?」


 かかかかかかかかかからかわれただと!?


 そんな馬鹿な!?


 紗希だって家に入った時からずっと緊張していたはず。


 これは僕の自惚れではないはず。


 なのに、紗希は顔を赤くしながらもそれを乗り越えたということか。


 とりあえず、このまま黙ったままというわけにはいかなかったので、微妙に話を逸らすことにした。


「くっ。べ、別に期待なんかしてないし。ていうかこの状況もどうせ家来る前から予知してたんだろ?」


 すると、紗希はもじもじしながらはにかんだ照れ笑いを浮かべた。


「してないよ。言ったでしょ?は未来予知できないって」


 チラッと一瞬だけ、僕の表情を探るように上目遣いで確認し、僕の視線から逃げるように紗希は目を斜め下に逸らした。


 ああ。それだ。僕を恋に引きずり込んだ百点満点の笑顔は。


 僕の脳みそがその笑顔を認識した途端、脊髄反射のごとく口から、本心が言葉になって表れた。





「好きだ」




 一度口から出た言葉は二度と取り消せない。父さんもよく言っていた。


 ハッとしたころにはもう遅い。


 なんでかって?


 それはもう紗希が茹でタコみたいに真紅に色づいていたからだ。


 咄嗟に両手で口を覆って、声にならない叫びをあげていた。呼吸をするのを失念しているのではと心配になるくらいに。


 茹でタコみたいとは言ったが、体温は焼けるように熱そうだ。もちろん僕もだ。


「へ、返事は?」


 緊急事態のあまり、焦った僕は傍から見るとぶっきらぼうだと思われるような訊き方をしていた。


 返事はって。好きだとしか言ってないのに。どうしてくれなんて要求もしていないのに、何を返事しろっていうんだよな。


 でも、紗希にはそれだけで伝わったのか、幸せそうに相好を崩していた。


 紗希がどういう言葉を紡ぐのかに神経を集中させる。肌は紗希が発する温もりを。耳は息遣いを。目は口の動きをそれぞれ捉えている。


 すると、紗希の唇がドンドン近づいてくる。


 何と。紗希は何と言ってくれるんだろうか。それだけが気になる。


 それだけを気にしていたから、自分がされたことに気づくのが一瞬遅れてしまった。


 紗希は…………






 啄むようなキスをした。






 唇はやわらかい感触を。


 鼻は紗希のさらさらした黒髪の甘い匂いを感じ取った。


 じわりと全身から噴き出した汗は僕の混乱と胸のざわめきを象徴しているようだ。


 まるで石になったかの如く身動きが取れなくなった僕に紗希は美麗にうるんでいる瞳を向け、鈴の鳴るような声でこう言った。


「今のが私の隣にいていい資格だよっ」


 夏の太陽に向かって花開くひまわりのように明るく破顔した。


 未だ僕の頭の中は感激しているのと驚いているのとその他諸々の感情がごちゃ混ぜになっていて、気持ちの整理がついていない。


 そんな僕に紗希は、


「続きはおあずけだからね」


 と、言った。


「い、いや、僕はそれどころじゃ……」


 そこまで言うと、紗希は「そうじゃなくて……」


 と、割り込み、身をよじらせながらボソッと言葉を発した。




「おあずけにしないと………………私が止まらなくなっちゃいそうだから…………」




 落ち着け、僕。すでにこの部屋の空気はピンク色に犯されていて、僕や紗希の理性なんてあってないようなものだ。


 そのとろけそうな声音を何度も何度も頭の中で再生していると、必死に絞り出すように懇願してきた。


「だからね。お願いがあるの……」


「なんだ……?」


「夏祭りは五日後でしょ?それまで毎日私に好きって言って欲しい。もちろん当日も……だよ?」


「そ、そんなにか?」


「私は質より量派なの」


「初耳だ……」


「言ってくれる?」


 小首を傾げてお願いされたらどうひっくり返っても断れないだろ。


「あ、ああ」


 紗希はやった!と小さくガッツポーズしていた。可愛すぎる。


「それじゃあ、今日は私は帰るね」


 そう言って、僕の部屋から出ようとするが、ドアの目の前で立ち止まり、こっちへ振り向いてきた。


 なんだ?まだ何かあるのか?と疑問に思っていると、


「最後にもう一つだけお願い」と言って、目を軽くつぶり、そのぷっくりとした唇をこちらへ無防備に差し出してきた。


 こ、これって僕からしろってことか!?


 そう理解した途端、視界がグルングルンと回る感覚を覚えた。


 だか、ここまでされて逃げるほど僕は薄情じゃない。


 そっと肩に手を添える。


 よしっと覚悟を決め、紗希との距離をじわじわと縮めていく。




 あと十センチ。五センチ。一センチ…………ゼロ……






 淡く紅を帯びているその唇にやさしく僕の唇を重ねた。

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