第40話 序盤戦

 黒野に相談を持ち掛けた二日後、僕と黒野は衣鳩先輩の家に訪れていた。


「でけえ……」


 読んで字のごとく、衣鳩先輩の家はけた違いに大きかった。そもそも校門よりでかい門がある時点で身分の違いを思い知らされた。でかいのはおっぱいだけじゃなかったんだな。


「そりゃそうさ。だって衣鳩ってあの衣鳩グループの衣鳩だぜ」


「マジか」


 黒野によると、衣鳩先輩は大企業の社長の娘だそうだ。全く知らなかった。そんな素振り見せてなかったぞ。黒野も訊くまでわからなかったらしい。


 玄関までの長い通路を移動しながら僕は庭に植えられている植物(凡人なので名前まではわからない)や鯉がいる池に見惚れていると、正面から黒服の女性に声を掛けられた。


「黒野様と芦谷様ですね。恵奈お嬢様はいささかお時間がかかるようなので、中でお待ちください」


「あ、はい。わかりました」


 これ、ガチなやつだ。お嬢様って。


 しかも黒服サングラス。男性だったらほぼ逃〇中だろ。自首ボックスどこ?


 にしても大丈夫なのか。僕今日普通に私服で来たんだけど。場違い感が否めない。ドレスコードとかありそうな雰囲気だぞ。


 まあ、でも横の奴よりはましか。黒野なんか、アイ ラブ モルモットってでかでかとプリントされてるTシャツ着てるからな。


 恥ずかしい……。これが共感性羞恥ってやつか。


 僕らは指定された部屋に足を運び、腰を下ろした。


 ここはおそらく応接室の類だろう。広さはだいたい一般的な校長室くらい。って言ってもわかりづらいな。


 まあ、広すぎるでもないが狭いわけでもない、という認識でいいだろう。ただ、揃えられている家具や壁紙からは荘厳な印象を抱き、結局、緊張感は拭えなかった。


 この空間で黙っているのは居心地が悪いので、黒野に改めて謝辞を述べることにした。


「ありがとうな。黒野。色々仕込んでもらって」


「いいってことよ。こんなのbefore breakfastだから」


「むかつくから朝飯のコーンフレークがすぐ牛乳でひたひたになる魔法をかけるぞ」


「それは嫌だわ」


 場所は変わっても、黒野との会話はだいたいこんな感じだ。


 でも、今回に関しては黒野には本当に助けてもらった。



 まず、黒野は僕の誕生日プレゼントに何を送ろうか秘密裏に一緒に考えようとうそぶき、紗希と千花さんと衣鳩先輩を誘ってくれたらしい。


 そして僕の父さんを呼び出すのに一役買ってくれたのが衣鳩先輩だ。


 衣鳩先輩の会社で小さな金銭トラブルがあったらしく、ちょうど弁護士を探していたそうだ。そこで弁護士の父さんに仕事として依頼し、こちらに呼び寄せてくれるように黒野が衣鳩先輩に取り計らったのだ。


 普段はこんなに短期間で弁護士を雇えはしないのだが、そこは何かしら大きな力が働いたらしい。お金かな?


 こうした戦略が成功したら、黒野と千花さんと衣鳩先輩は席を外して、僕ら三人にしてくれるという作戦だ。



 現状に至るまでの回想をしていると、作戦その一が完遂されようとしていた。


「「あ……」」


 ついに紗希と千花さんが来たのだ。


 僕がこうなるように仕向けたわけだが、いざ本番となると、案外口が開かなかったりするものだな。


 固唾を呑んで紗希の一挙手一投足を見守っていると、僕の左隣にスッと音を立てずに座った。


 どうしたものかと僕は何も言わず沈黙を貫いていると、黒野が「じゃあ、俺らはちょっと話すことあるから一旦席外すわ」と言って、部屋を後にした。千花さんも今日の集まりの魂胆は共有しているはずなので、抵抗なしに黒野に付いて行った。



 ………………………………………………



 静かだ。もうどれくらい言葉を発していないだろう。三十秒?一分?はたまたそれ以上か?


 このままでは埒が明かないと思い、意を決して「あのさ、紗希」と言うと、それにかぶせるように、紗希が謝罪の言葉を言い放った。


「ごめんなさい!凌君からの連絡全部無視しちゃって……」


「え、あ……」


 予想していなかった出来事に、僕はうまく返答することができなかった。それでも紗希は話を続けた。


「本当はずっと話したかった。凌君のお父さんからの電話の後からずっと伝えたかったけど、またお父さんが出たらどうしようとか、凌君が今それどころではなかったらどうしようとかそんなことばっかり考えてた。でもそれは全部言い訳だった。怖かったんだ。私の過去を知った凌君に否定されるのが……」


 そうだったのか。でもよかった。否定されるのが嫌ということは、紗希は僕から距離を置こうとは考えていないようだ。紗希は僕と同じ方向を向いている。


 なら、かけるべき言葉は自ずと口から流れ出す。


「僕は紗希のことを否定なんてしないよ!言っただろ?隣にいられれば、何が起きてもそれは不幸にならないって」


 そう言うと、紗希は自嘲気味に冷笑した。


「うん。やっぱり凌君はそう言ってくれるんだね。すごく嬉しい。なのに私は凌君のことを疑ってしまったの。駄目だよね。凌君が資格を取れるまで見張ってるって約束したのに……」


 僕を信じられなかったことを気に病んでいるのか。やはり自分を卑下するのが癖なのか、紗希は自分の存在価値を低く低く見積もっている節がある。それでは肩の荷が重すぎるだろ。だから僕はこう言ってやった。


「そう疑ってしまうのも仕方ないことだ。そんな辛い十字架を背負わされていたら、誰だって不安にもなる。だからさ。僕のほうこそ嬉しいんだ。紗希の痛みを知れたのが。これからは一人で全部背負わなくていいんだ。僕を頼ってくれ」


 すると、紗希はポロポロと涙を流した。


「ごめんね。泣いちゃダメだって。泣かないって決めたのに。これ以上面倒くさい女にはなりたくないって思ってたのに……」


「僕はそれくらいめんどくさい方がす……」


 好きと言いかけて、慌てて口をつぐんだ。やっべえ。ナチュラルに告白しそうになったわ。僕的にはもう少し、覚悟を決めてから告白はしたいしな。


「す……何?」


 紗希は泣きべそをかきながらもニマニマしてこちらを覗き込む。


「す……すごい魅力的だってことだ!…………ん?」


「凌君それ誤魔化しているつもり?」


 カーっと僕は顔を沸騰したかの如く熱くさせ、サッと目を逸らした。


 何言ってんだ僕の口。無責任にペラペラ好き勝手話すな。所有者は僕だぞ。


 僕が「暑いな」と言って、手で仰いで顔の熱を冷ましていると、紗希がこう言った。


「私、凌君に出会えて良かった。私の醜いところもす……魅力的だって言ってくれるんだもん。生きてていいんだと思えたのも凌君のおかげだよ。ありがと」


「そ……それはどうも……」


 照れくさくて少し噛んでしまった。


「あーよかったー。羽衣ちゃんに相談したおかげで、こうして凌君と話せる機会ができたしー」


「ん?」


「あ、ごめんね。実は今日私の誕生日プレゼントに何送るか考えようっていう集まりは私が凌君と話す機会を確保するための口実だったの。凌君は羽衣ちゃんからそう聞いてここに来たんでしょ?私が来ることも知らずに」


 なんだか、話がかみ合わないな。その計画は僕が黒野に頼んだものじゃ……?


「いやいや。それは僕が考案した計画で、黒野が実行に移してくれたものだろ?」


「え?」


 シーンとしばらく言い知れぬ沈黙が流れた後、僕と紗希はほぼ同時に真相に辿り着いた。




 そう。つまり、僕と紗希はお互い何とか話す機会が欲しいと考え、全く同じ口実でそれぞれの親友に提案を持ち掛けていたのだ。おそらく黒野と千花さんはこの計画を遂行する過程で、この事実に気づいているだろう。目的が同じで特に困ることもないので、僕らには知らされなかったんだ。


 そのことを理解した僕らは、その瞬間とてもおかしくなって「アハハッ」と笑いあった。


「僕たち、全く同じこと考えてたのかよ」


 笑い声は止まらなかった。偶然起こった思考の一致が面白かったのもある。でもそれよりも、この笑い声の大きさは紗希と同じだったことに対する喜びとか嬉しさが影響しているのだと思う。いや、きっとそうに違いない。




 やっぱり僕は紗希が好きだな。この子ともっと一緒に笑い合っていたい。これからも……




「なぜその子と一緒にいるんだ。凌太」


 重苦しい声音を発したのは衣鳩先輩に連れられた僕の父さんだった。


 さて、駒は全て出揃った。


 後は、僕たちが父さんという頑丈で高い壁を乗り越えるだけだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

明日にはシリアス終わります!


ここまでついてきてくださってる方々には感謝の気持ちでいっぱいです!


ありがとうございます!

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