第27話 褒美

 時計の短針の指す数字が一つ繰り上がっても、僕らはまだ第二被服室でおしゃべりに興じていた。


 ここは周りの、例えば部活動の賑やかな掛け声や地面を踏み鳴らす音もしなければ、吹奏楽のきらびやかな音色すらも響いてこないため、時間感覚が時折狂うのだ。


 もうこんな時間かと驚くにはまだ慣れないでいた。


 今日はスーパーの特売日なので、いつもより早めに帰り支度を済ませようとすると、


「ちょっと待って」


 と、紗希が声を掛けてきた。


「なんだ?話なら帰りながらでいいだろ?」


「それは無理。今日羽衣ちゃんにタピオカ飲みに行こうって誘われてるの」


「そうか。というか千花さんは今どこにいるの?」


「赤点とったから補習だって。そろそろ終わると思う」


「なるほどな。で、話って何なんだ?できれば手短に頼む」


「手短って。わ、私は別にいいんだけどね。凌君のためにお情けをかけてあげるだけだから」


 なんで上から目線なんだとツッコミたかったが、悠長にしてる場合でもないので、グッと言葉を飲み込んだ。


「凌君、国語だけは私に勝ったでしょ。だから特別にささいなお願いなら聞いてあげないこともないわ」


「ほんとうに?」


 すごい上からなのは腑に落ちないが、何か一つお願いを聞いてもらえるようになった。


 でも、何をお願いする?ささいなって一体どの程度なんだ?さじ加減ミスって嫌われるとかは絶対に避けたい。まあそんなことないと信じたいが。


 ここは無難に、そして本心でお願いしたいことをぶつけよう。


「じゃあ、来週遊びに行かないか?」


 そう言うと、紗希は僕のお願いが予想外だったのか、一瞬驚きを見せたが、すぐにパッと表情を明るくさせ、うんうんと素早く頷いてくれた。可愛い。


「どこに行くの?」


 紗希は期待の眼差しで、僕に問いかけてきた。


「プ、プールでもどうかなって……夏だし」


 ぶっちゃけると、下心もあった。紗希の水着姿見たすぎる。それだけで目的の五割は完遂してるまである。


「いいね。すごく楽しそう」


 僕とは違って純粋に楽しみにしてくれているようなので、若干罪悪感がよぎった。


 期待に胸を躍らせすぎたのか、紗希はうっかり変なことを口走った。


「ねえ。凌君は私にどんな水着着てほしい?」


 自分が大胆な発言をしたことに今更気づいたのだろう。言ってから顔を真っ赤にして「やっぱりなんでもない。忘れて」とだけ呟き、そっと俯いた。

 テンションの上げすぎには注意しようね。


 僕はブンブンと頭を振り、やましい考えを排除しようと努めた。


 そして、恥じらいから気まずくなった空気を騙すかのように、僕は上擦った声で発言する。


「いやー。プールは妙案だと自分でも思うんだよなー。みんなも喜んでくれるだろうな」


「え?みんな?」


 紗希は虚を突かれた様子で、ポカンとしていた。僕が何かおかしなこと言ったか?


「ああ。黒野とか千花さんとか。あと衣鳩先輩もせっかくだし誘ってみるか」


 そう言ってる間に、紗希はなにやらぶすっとした表情に変貌していく。あ、ジト目になってる。なぜ!?


「そうだよねー。みんなもいた方が楽しいもんねー」


 感情ゼロの人工知能ロボットみたく棒読みになる紗希。わかんねぇ。


「テスト終わりの景気づけにでもどうかと思ったんだが、紗希が嫌ならやめようか?」


「別に、嫌とかそういうんじゃなくて……もう…………バカ凌君」


「???????」


 こうして紗希から理不尽な扱いを受けながらも、来週みんなでプールに遊びに行くことになった。

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