第24話 解決

 やっぱり冬知屋さんだった。


「怖かっだよぉぉぉありがどぉぉぉ」


「ケガしてなさそうで良かったよ」


 人目もはばからず、さっきからずっと冬知屋さんは僕の腰辺りにすがるように抱きついている。


 無事でよかったという安心感と人前で女の子に抱きつかれていることに対する羞恥心がべったり胸の内で同居している。


 僕は冬知屋さんがひしとしがみつけている腕の拘束を少し緩め、顔が見られるように正面へ体を反転させた。


 すると、よほど心配してくれたのだろう。そのきれいで可憐な顔が泣いているからか、口や目や鼻などをピクピクとひくつかせて、崩れていた。


 まあ、それでも可愛いことに変わりはないんだけど。


 僕はこんなになるまで不安に思わせてしまったかと思うと、罪悪感でいっぱいになり、その分を取り返すために、冬知屋さんを抱き返そうとし……やっぱり途中でやめた。


 こんなに人がいるところで、というかいなくても冬知屋さんにそんなことするのはまだ、恥じらいが拭いきれなかったんだ。


 そんな僕の挙動を見逃さなかったのか、冬知屋さんは「意気地なし……」と言って、流れる涙はそのままに思いっきり破顔した。


「ほんと凌君って危なっかしいね。トラブルメーカー?」


「ぐうの音も出ない」


「手綱握っとかないと、すぐ厄介事が私に降りかかってきそう」


「僕は馬か」


「じゃじゃ馬ではあるね」


「じゃじゃ馬って普通女性に使う言葉じゃないか?」


「さすが、国語学年四位だね」


「学年二位に言われるとなかなかの皮肉だな」


 我慢できず、クククとお互い笑い合った。まるでさっきまで何事もなかったかのようにさえ錯覚してしまいそうになる。それくらい胸のつっかえが消えたということだろうか。


「おい。あれ彼女か」


「うっそ?あれ一年二組の冬知屋紗希じゃん。マジで付き合ってんの?」


「あの男、拙者と同じ陰キャかと思っていたのに、ただのリア充かよ。ぺっ!」


「嘘だろー。俺実は狙ってたのに~」


「ドンマイ。あいつには勝てねえだろ」


「なんかすでに正妻感ある。尊い」


 そんな羨望一割、嫉妬九割の視線を受けていることに気づいた僕は、慌てて冬知屋さんと距離を取った。


 こういう目で見られることに慣れていないのか、冬知屋さんも少々顔を赤くし、うつむいていた。


 そして冬知屋さんは両手の人差し指同士をこねくり、照れくさそうにもじもじしながら、かろうじてその小さな口を開いた。


「……かく…………ま………………げる……」


 なんだって?


 あまりにも消え入りそうな音量だったので、よく聞き取れなかった。リスニング問題で流れようものなら大ブーイングだ。


 もう一度言うように促すと、冬知屋さんは「も、もう……」と駄々をこねる子供のようにプリプリと怒った。


「資格を取れるまで私が凌君を見張っててあげるって言ったの!」


「………………」


「何!?その反応。嬉しくないの!?」


「あ、いや……嬉しいよ……うん……助かるよ」


 黙ってしまっても仕方がないだろ。目の前で顔を真っ赤にして意地張ってる子を何て形容すればいいかわからなかったんだ。そして結局わからなかったから曖昧な返しになってしまったんだ。


 当の本人は「そう……嬉しいんだ……へえー」と何度もかみ砕くように唱えている。


 緩み切った表情はもはや隠す気すら窺えない。


「おーいそろそろ話しかけていーかー」


 そんな半ば呆れたような雰囲気を醸し出したのは、僕の唯一の、いや、つい最近友人は増えたな。まあ、今の声は黒野だ。


「仲良しさんなのはいいことだけど、そろそろ先生たちが事情を聴きにこちらへ出向いてくると思うわ」


 衣鳩先輩はまったりとした声音で幼子をあやすように優しく現状を知らせてくれた。


 いくら今村たちが悪いからと言っても、僕が暴力を振るったのには変わりないからな。面倒くさいことにだけはならないように細心の注意は払おう。


 ここで一言も声を発していない彼女、千花さんの存在に僕は気づく。


 ふと、横目でばっちり見ると、確かに目は合ったのだが、ぷいっと目を背けられたような……


 いや、僕の気のせいか……

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