第21話 羨望
目の前で芦谷君と私の紗希ちゃんがイチャイチャしている。本人たちはそんなに見せびらかすつもりはないんだろうが、かなり桃色の雰囲気が漂っている。
「ねえ。凌君」
「なんだ」
「この問題を早く解けなかった方が帰りにジュース奢りっていう勝負しない?」
「しないよ。そんなの冬知屋さんが圧勝だろ?」
「やる前から諦めるの?」
「そんな安い挑発には乗らないからな」
『じゃあさ。君が勝ったら帰りは手を繋いで帰ってあげてもいいよ』(紗希ちゃんが紙に書いて、芦谷君に伝える)
「て、手を!?」
「ちょ、ちょっと凌君、声大きいよ…………」
「紗希さん、芦谷君どうしたのかしら?」
「「い、いえ……なんでもないです……」」
繰り返しになるが、二人はいちゃついている。それになんだかすごくお似合いだ。最後、息ぴったりだったし。
それに紗希ちゃんの筆談ばっちし見えてるんだよ。私が隣にいること忘れてない?
しかも、紗希ちゃんが机の下でこっそり芦谷君の手を握ろうとしていたところもこの千花の眼がクリアに捉えていたから。ほんと紗希ちゃん可愛い。
また、こんな場面にも出くわした。
「羽衣ちゃんこの写真見て!凌君と映画行ったときのなんだけどね。作品のグッズやパンフレットとかを小さい子供みたいに食い入るような目で見つめててね。なかなか動いてくれなくて。それがすごく面白かったの」
「ふーん。楽しそうだね」
「ちょ、何勝手に見せてるんだよ。というかいつ撮ってたか全然気が付かなかったわ!」
「私の撮影技術を舐めないでもらえる?」
「そこまで言うなら僕もとっておきを出してやる」
「どうせ、凌君のことだし、大したものじゃないでしょ?」
「この写真は別の映画の宣伝広告なんだが。その一面にでかでかと映っているペンギンに夢中の冬知屋さんだ!」
「ッッッ~~~!??」
「虚ろな目をしながら、『ペンペンっ』って鳴きまねしたときは傑作だったよ」
「~~~~~!?!?!」
「そもそもペンギンってペンペンって鳴くのか?」
「~~~~~ッッッ!?!!?!!!」
そこまで言われて紗希ちゃんは無言で机に突っ伏した。耳を真っ赤に染め上げて。すんごく可愛い。
芦谷君は「ペンペンっ」って言いながらシャーペンで紗希ちゃんをつついて遊んでいる。それに対して、紗希ちゃんは「ううぅ~~~もう許してぇぇ~~」と観念している。
確かに紗希ちゃんはペンギンが……というより鳥類全般好きだもんなー。
この前も教室で首を横に傾けながらスマホを注視していたから、何見てるんだろーって覗いてみたら、ほーほーって言いながらフクロウの動画見て休み時間つぶしてたし。
にしても紗希ちゃん変わったなー。まあ、ちょっと抜けてるところは前々からあったんだけど。なんだか芦谷君には心を開いているって感じ。
紗希ちゃんの第一印象って、まじめで、可愛くて、頭良さそうで、大人っぽくて、どこかミステリアスなオーラがあったのが私の感想。
先生や友達の頼みごとを律儀に引き受けるくらいにいい子。今でもその印象がないわけじゃないんだけどね。
芦谷君と話すようになってから絶対変わった。今まで以上に隙を見せるようになった。
これが恋するってことなのかな?恋をしたら人は変わるって、紗希ちゃん見てたら腑に落ちた。
でも、私にはわからないや。恋したことがないもの。
紗希ちゃん見てたり、ラノベの可愛い女の子を見てたりしたら、好き!ってなるけど、それが恋愛感情じゃないのはわかってる。勢いで言ってるだけで、ドキドキとかしないの。
やっぱり恋ってなんなんだろ?きっと芦谷君と紗希ちゃんみたいな二人はいわゆる運命ってやつなんだろうな。
私もあんな風に変わってみたいな……羨ましい。
でも私ってどんな男の子が好きなんだろ?
私は左隣に座っている黒野君に目線を向けた。
「ん?どうしたの、千花さん?俺の顔にファスコラルクトス・シネレウスでもついてた?」
「いや、なんでもない……」
黒野君はないね。なんかまたわけわからないこと言ってるし。
それに前に「黒野君はどんな女の子が好きなの?」と興味本位で訊いたら、「佳子ちゃん先生がしゅきー」って言ってたし。冗談だろうけど。
ちなみに佳子ちゃん先生は私たち一年二組の担任で、学内で一番若くて美人な女性の教員だ。
それに気取った態度を取らないし、懇意に相談とか悩みを聞いてくれるから、男性教員や男子生徒だけでなく、女子からも人気がある。
それは置いといて、黒野君は好きとかそういう次元の話にはならないね。
それなら、と私はもう一人の男の子のほうをチラッと窺った。
芦谷凌太君。学校始まってまもない頃、私が今村君にいじめられていたのを助けてくれた人。とても優しい人だなって思った。
でもそれだけ。
あんな状況だったからドキドキはしたし、付き合えた人は幸せだろうなとは思ったけど、それは芦谷君が優しかったから。私が芦谷君と横に並んでいる姿は想像できなかったし、今もそれは同じ。
それに芦谷君は友達として楽しいなと思っている私もいるの。しゃべっていても気を遣わなくて済むし、なんだかんだ紗希ちゃんの尻に敷かれてるイメージはあるから私も強気に出れるし。
だから、芦谷君もないね。絶対に。
「どうしたの、羽衣さん?考え事?」
私のことを中学の頃から良くしてくれてた恵奈先輩が心配そうに様子を窺ってきた。
「大丈夫ですよ、恵奈先輩。ここの問題をちょっと考えてただけですので」
恋について考えてたなんて恥ずかしくて言えなかったので、誤魔化すことにした。
「ここの問題って簡単な因数分解の問題じゃん?もしかして千花さんって勉強できない系?」
「黒野君は黙ってて」
ワッと空気が和んだ。私だってこれくらいはできるし。前のテストではちゃんと赤点は回避したし。
「羽衣さん良かったねー。仲の良い友達に恵まれて。お姉さん安心したよー」
「紗希ちゃん以外は悪友ですけどね」
「おい」
「ウヒョっ」
「フフフっ」
それぞれの返答がおかしくて、それで幸せだったから、つい言うつもりのなかったことも口から出てしまう。
「まあ、この感じは悪くないですね。楽しいです」
ハッとしたときにはもう遅かった。恵奈先輩は娘の成長を喜ぶお母さんみたいな表情をしていた。
「もー。羽衣さんも可愛いなー。えいっ」
恵奈先輩が席を立って近づいてきたかと思うと、いつものようにそのおっきい胸を私の頭にどっしりと乗せてきた。
先輩のこの行動クセなんだろうな。やる場所や人物には気を付けた方がいいって昔から言ってるのに、全然治ってない。
私の頭部に胸が乗った瞬間、芦谷君は紗希ちゃんに目つぶしされてた。痛そう。
黒野君は羨ましそうな目でこっち見るな。これ重いだけだから。
そんな感じで私たちは和気あいあいと過ごしていた。そうして今日という一日は楽しい雰囲気のまま終わるんだろうなと私は思っていた。たぶん他のみんなも思ってる。
「ほんとにいたよぉ。ここにぃ」
思わず、ビクッと肩を震わせてしまった。
私を一度恐怖へ陥れたあの声を聞いてしまったから。
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