第20話 嫉妬

 言い忘れていたが、衣鳩先輩はおっぱいがでかい。それはもう凶悪的だ。冬知屋さんも大きい方だとは思うのだが、先輩のそれはもはやおっぱいではない。武器だ。色んな意味で男を殺せそうだ。


 柄にもなく突然おっぱいを語りだしたのには理由がある。


 今、僕たちは丸テーブルを囲んで勉強している。僕の右隣に衣鳩先輩。左隣に冬知屋さん。その隣が千花さんで、次が黒野という配置についている。この際、黒野がどこに座っているかはどうでもいい。重要なのは僕の右隣だ。


 単刀直乳、いや単刀直入に言おう。先輩のおっぱいが当たっている。というか埋もれてる。シャーペンを持つ僕の右腕が。


 別に僕がいかがわしいお願いをしたわけではない。ここの問題を教えてもらえますかと訊ねたら、先輩が僕の方へ覗き込む形になり、こうなっただけ。


 僕は悪くない。ものすごい剣幕で冬知屋さんが睨みつけてくるけど僕は悪くない。

 悪くないよな?ダレカタスケテ。


「ちょっと凌君にくっつきすぎじゃないですか?衣鳩先輩?」


「え?そうかな?でもこうしないと教えられないし……」


「なら、私が凌君に教えますので。先輩は自分の勉強に集中していてください」


「わかったわ。ありがとね。紗希さん」


 ギュウゥゥゥゥ


 ちょっと冬知屋さん。なんであなたも僕の左腕に胸を押し付けているのかな?張り合うとこおかしくない?そんなことされたら逆に集中できないから。


「ここの問題はね。まず、二次関数のグラフが上に凸で…………」


 あーだめだ。二次関数のグラフがおっぱいにしか見えない。頂点の印をつけるのに、妙な背徳感を味わってしまっている。末期だ。


「だから答えが二つに場合分けされているの。わかった?」


「ああ。わかった。ありがとう。冬知屋さん」


「ちょっと。どこ見てるの?」


 ふと僕は正気に戻ると、目の前で冬知屋さんが胸のあたりを両腕で隠しながら、地味に身を引いている。


「いや、これは。誤解だよ」


「鼻の下伸ばしながら言われても信用できない」


「ごめんなさい」


 自分の非を認めるしかできない。でも仕方ないだろ。こっちは押し付けられたんだよ。男の性ってものじゃないのか。


 まあ見苦しい言い訳はできないので、心の中に留めておくことにした。


「どっちが良かった?」


「え?」


 唐突に冬知屋さんが質問を投げかけてきた。


「私と衣鳩先輩のどっちが良かった?って訊いてるの」


 どっち?どっちのこと訊いているんだ?教え方?それともおっぱい?


 いやいや。教え方に決まってるだろ。いつまでも不埒なこと考えるな、僕は。


「それは……冬知屋さんの方が僕は良かったかな」


 だってそもそも衣鳩先輩に最後まで教えてもらってないから、判断できないし。


「ふーん。…………………えっち」


「なぜ!!」


 冬知屋さんは相変わらず、クスクスと微笑をこぼしている。僕のこと困らせたいだけだろ!


「本当にお二人は仲がいいんですね」


「衣鳩先輩よりかは凌君と仲いいつもりではあります」


「お、おい冬知屋さん。そんな喧嘩腰になる必要は……」


「凌君は黙ってて」


「あ、はい」


 完全に衣鳩先輩に警戒心むき出しだ、冬知屋さん。僕が情けなく、浮かれたばかりに。やっぱり武器だぞ、あれ。


「ごめんね。昔からよく女の子から反感を買うんだけど、悪気はないの。無意識に紗希さんのことも傷つけてしまったのね。良ければ、何がダメなのか私に言って欲しいわ」


 衣鳩先輩は自覚や悪気が本当にないらしく、冬知屋さんのために懺悔してから、僕の頭にその豊満なお胸をズシリと乗っけてきた。


 ナニコレ?柔らかくて……重い。


「でも芦谷君だっけ。すごく素直でかわいいね。ついつい甘やかしたくなっちゃう」


「それです。それ!それをやめてください!」


 冬知屋さんが必死になって衣鳩先輩に猛抗議する。が、当の先輩は、何がいけないのかわからないといった感じで首を傾げている、と思う。上に乗っかっているので見えないが、そんな雰囲気が漂っている。


「芦谷君はこうされるの嫌?」


「嫌って言うか、そこまでは言わないけど、何ていうか……」


 確かにこの柔らかい感触が貴重なのはわかるんだが、冬知屋さんに対して不誠実だ。よし。きっぱりと衣鳩先輩に伝えよう。


「凌君、デレデレしないで!」


「今は絶対してなかったけど!?」


「私がしてるように見えたらしてるの!」


「理不尽!!」


 なんか衣鳩先輩と同じ空間を共有してから、冬知屋さんが壊れているんだが。まあ、可愛いからいいんだけど。


「ほら!凌君から離れてください!」


 冬知屋さんは僕にのしかかっている衣鳩先輩を引きはがそうと容赦なく接近してきた。


 そのときだ。


 冬知屋さんの胸部が僕の顔に当たるか当たらないかのギリギリのラインまで寄ってきたのだ。冬知屋さんは気づいていないのか、離れようとしない。


 この距離感はやばいて。当たりそうで当たらないこのおあずけ感が微妙に男心をくすぐってくる。じわじわと嬲り殺されている気分だ。


 下手に動くとぶつかりそうなので、僕は時が過ぎるのをじっと待つしかできなかった。


 衣鳩先輩が引き離されることで、短いようで長かった時間が終わった。まさか、僕の人生にあんな時間が訪れるとは思いもよらなかったな。


 ふうーっと一息ついて、勉強を再開しようと思った矢先、冬知屋さんが僕の耳元に唇をスッと寄せた。


「次は二人で勉強しようね」


 小声だったので、隣の衣鳩先輩ですら聞こえてなかっただろう。僕は、ドキドキしながらコクコクと頷くことしかできなかった。




 ちなみに千花さんと黒野は黙って勉強に集中してました。


 すまんな。うるさくして。

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