第15話 守るということ

 気づいたら叫んでいた。相手は今村だから、なるべく喧嘩腰にならないように努めようと思っていたのに。


 走って駆けつけたので、僕はハアハアと肩で息をしながら、荒ぶった感情を抑えつけることに尽力した。


「なんだぁ?紗希に振られた男かぁ。お前はお呼びでないからすっこんでろよぉ。邪魔だ」


「冬知屋さんを離せ。今すぐに!」


 まだ今村に対する憤怒の感情は収まる気配がない。というか、こいつを見るたびに次々と怒りが湧き出てきているのだろう。


「あぁー。冷めたなぁ。興ざめだぁ。どうしてくれんだよぉ。なぁ!」


「元々、サルみたいに盛ってたようだしちょうどいいんじゃないのか?」


「ぶっ殺すぞてめぇ!」


「沸点の低さも獣ゆずりか。サル要素に磨きがかかってるぞ」


「お前、忘れたわけじゃないよなぁ。あんときのことぉ。一方的にボコられて何もできなかったくせに粋がってんじゃねえよぉ!」


 そう言うと、今村はバッと振り払うように冬知屋さんを拘束から解き、ピシッと青筋を浮かべながら悠然とこちらへ足を進める。


 その様子に僕は怯むことなく、毅然としていた。


「お前みたいな弱い奴はなにも守れはしねえよぉ。大事に思ってる女が俺に取られていく様を指をくわえて見てりゃいいんだよぉ。なぁ?」


 今村は威圧的な態度で僕を見下した。


「確かに僕に冬知屋さんは守れないよ」


「はあ?認めやがったぜこいつぅ。だっせぇ!」


 今村の後ろでビクビク肩を震わせている冬知屋さんもきょとんとした表情で僕の言葉に疑問を抱いているようだ。


「違う。そうじゃない」


 千花さんのおかげで大事なことに気づけたんだ。きっと千花さんに諭してもらわなかったら、今村の言葉に対し、答えを窮するところだっただろう。


「守るなんて行為はその資格があるやつにしかできないんだよ。相手のことを知って、そして自分のことを知ってもらう。それで初めて守ることができる資格がもらえるんだよ。僕はまだ冬知屋さんのことを全然知らないんだ。それに僕のこともまだ冬知屋さんに全然知ってもらってない。だから、今の僕に冬知屋さんを守る資格はないんだよ!」


「結局守れないんじゃないかぁ。何が違うって言うんだよぉ」


「勘違いするな。僕には何が何でもその資格を得ようとする自信がある。今はまだ冬知屋さんを守ることはできない。けど、いつか守れる存在になれるようにずっと大切に思って寄り添うことをここで誓えるんだよ!お前と違って」


「寒いセリフ吐きやがってぇ。ダセえんだよ、マジで」


「ダサいのはお前の方だ。冬知屋さんのことを知ろうともせず好き放題やりやがって。お前には冬知屋さんを守る資格どころか、その資格を得ようとする資格すら与えられてないんだよ。僕は紗希ちゃんにわかだが、お前はアンチだ。それもその人のためにならない、ただ自分の欲求を満たしたいだけのアンチの風上にも置けないタイプのな!」


「ペラペラと何熱く語っちゃってるんだよぉ。キモいなぁ。制裁しちゃおっかなぁ」


 今村は指をぽきぽきと鳴らしてすでに戦闘態勢に入っている。が、僕は臆することなく、言葉を投げかけるのを止めない。


「僕は何が何でも折れないぞ。十年、二十年後、いや、それ以上の年月が経ったあと、僕は冬知屋さんをたくさん知ってるんだと古参アピしてやる。周りから懐古厨と言われようが、冬知屋さんには傷一つつけさせない!守りきってやる!お前にここまでの覚悟があるのか!」


「言いたいことはそれだけかぁ?じゃ。パンチいきまぁ~す」


 今村は大きく右腕を振りかぶって何のひねりもなく宣言通りまっすぐ拳を打ち出してきた。事前にどうやって攻撃するかを教えるなんて、僕のこと舐めすぎだろ。


 左頬を打ち抜くであろう今村のパンチは僕が身を引くことであっさり空を切った。


「雑魚のくせにラッキーでかわすんじゃねえよぉ。おらっ!」


 今度は左足の鋭い蹴りで僕の右わき腹に狙いをつけた。普通の学生ならここで重い一撃をくらい、立てなくなるだろう。


 でも相手は僕だ。普通じゃない。


 先ほどと同じく体をうまく操って、自然に蹴りをいなしていく。


 以前は抵抗することなく今村の暴力を耐えていただけだが、それだと冬知屋さんを心配させてしまうことになる。それは辛い。この一週間で痛いほど身に染みた。


 なので、今村からの攻撃はくらっていいことと決めていた。


 その後も僕から仕掛けることは一切なかったが、今村からの攻撃を全部器用にかわしていった。


 今村が息切れを若干起こし始めたのを見て、そろそろ頃合いかと見切りをつけた。


 今村がブンっと右腕を大げさに振りかぶって、殴ってくると思わせながら、それをフェイントに、右足から僕の腹めがけて蹴りが飛んできた。


 僕はそれをあえて正面から受け止め、致命的なダメージを負った……ような演技をした。具体的には地にうずくまる感じで。


 それに直前で後ろに下がることで衝撃を受け流したので、まったくと言っていいほど痛くない。まあ、今村からすればいいのが入ったと内心喜んでいるだろうが。


「やっと当たったかぁ。ちょこまかと情けなくかわしてばっかでうざったかったが。これで終わりだなぁ。死ねぇ」


「お願いだから、芦谷君を許してあげて!」


 必死で僕を庇う冬知屋さんの訴えが耳に入ってきた。


 ごめんね。冬知屋さん。今はこんなやり方しかできなくて。でももう少し耐えてくれ。そろそろ切り札が現れてくれるから……






「麻人ちゃーんその辺にしといた方がいいよー」


 いいタイミングだ。よくこの状況まで待ってくれたな。


「おい。幸。どういうつもりだそれはぁ?」


「これー?麻人ちゃんの暴行を動画で撮って、悪事の証拠にしようと思ってさー。いやーバレない位置でよく見えるように撮るの難しかったんだからなー芦谷」


「黒野すまんな。急に電話で頼み込んでしまって。でもお前最近学校の庭の草の動画撮るのはまってるとか言ってたから適任だと思って」


「ったくー。黒野使い荒すぎだろー。たまには労えよー」


「ああ。ラーメンでいいか?」


「大盛ならおーけおーけー」


 そんな場違いなテンションで割り込んできたのは、僕の唯一の友人。黒野だ。


 僕が廊下から冬知屋さんと今村を見た時、止めに行ったら絶対に暴力沙汰になるだろうなと予測はついた。なので、今後、今村の暴走を止めるための抑止力として、証拠動画を残しておこうと考えたんだ。


 誰にその役割を任せようと思考を張り巡らせたとき、思いついたのが黒野だ。


 あのときすでに黒野は教室にはいなかったが、それは庭の草の動画を撮るという狂気的なマイブームゆえだと知っていた。だから、学校にはいるだろうと予想し、電話を入れておいたのだ。


 上手くいくか正直不安だったが、結果がちゃんとついてきたので、本当に良かった。


「お前らただで済むと思うなよぉ」


「だから止めた方がいいって麻人ちゃん。この動画知られると、下手すりゃ退学だよ。サッカーできなくなるよ」


 黒野に説得され、今村は一瞬だけ顔を強張らせた。そんなにサッカーやめさせられるのが嫌なのか。


「ちっ!わーったよぉ!手を引けばいいんだろぉ?だからこのことは言いふらすな。わかったか!」


「はいよー。さすが麻人ちゃん。物わかり良いねー」


 黒野が軽いノリで窘めると、今村はスタスタと足早に僕らの横を通り過ぎていった。僕がふうーと一息ついて後ろを振り返ると、もう今村の姿は見えなかった。


 そして、一番気になっていた彼女、冬知屋さんへ目を向けると、ペタンと力が抜けたように座り込んでいる。目尻には涙が溜まっているように見える。


 また、心配させてしまったな。でも、僕は資格を得るために寄り添い続けるって決めたんだ。今更立ち止まったりなんかしない。


 よしっ、と冬知屋さんの方へ歩み寄ろうとする前に、黒野にポンポンと肩を叩かれた。


「かっこよかったぜ。親友」


 それだけ言って、黒野は踵を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る