第四章 交錯の刃

第1話

 カグヤ自治州――そこの州都であるツカサには巨大な城がある。

 木造で組み上げられ、外観は白い漆喰と黒い瓦で覆われた、威厳ある建物――東方様式の城塞、ツカサ城である。

 四方からの攻めに備え、何重にも石垣や水堀に包まれている。

 外観の見事さだけでなく、実用性も兼ね揃えたその城の中では、無数の人足が出入りをしていた。それを見守っている、一人の男がいた。

 黒髪の精悍な顔つきをした青年。その背に羽織られているのは、漆黒の陣羽織。

 人足の動きを監視するように視線を走らせていると、その傍に駆け寄る若者がいた。

「クロウ隊長、昼に到着した積み荷の監査、完了しました!」

「ああ、ありがとう。んじゃ、休憩を取ってくれ」

 人懐っこい笑みを浮かべ、ひらり、と手を振ってクロウと呼ばれた青年は笑う。若者は軽く敬礼し――だが、少しだけ眉を寄せる。

「隊長も休んでくださいよ? ずっと仕事しているじゃないですか」

「ははっ、気にするなって。俺の仕事は楽なんだからよ」

「さすが、城内見廻組隊長――クロウ・ヤノ隊長っすねぇ」

「からかうな。さっさと休め」

「了解」

 クロウは部下を追い払いながら、視線を眼下に移す。出入りをする人足。

 ひっきりなしに荷物が運び込まれ、その様子はさながら、引っ越しのようだ。クロウはそれを眺めながら、小さく吐息をつく。

(カグヤ会議への準備――さすがに、大分荷物が運び込まれるな……)

 来週、行われる会議に備え、調度品や食料、備品などが運び込まれているのだ。

 城内見廻組――要するに、警備隊のクロウたちはそれの監視に勤しんでいる。ここで不届き者が入り、放火でも働かれれば、カグヤ会議どころではなくなる。

 不審な物も運び込まれないよう、目を光らせる必要もあるのだ。

(さすがに、この平和なカグヤで乱を起こすこともないだろうけど……)

 それでも、役目は役目だ。しっかりと見張りをこなさねばならない。

 お祭り騒ぎで浮かれつつある城内でも、クロウはしっかり生真面目に任務をこなしていた。しばらく人足の出入りを見張っていると――休憩から戻った隊員が駆け寄ってくる。

「隊長、戻りました。見張り、交代しますよ」

「ん、そうだな――あと、三組、人足の出入りがあるはずだ。それを監視しといてくれるか」

 軽くリストに目を通して確認をする。クロウの言葉に一つ頷いた隊員は、ふと、目の前に視線をやって訊ねる。

「あの人足たちを含めて、あと三組ですか?」

「ん? いや……」

 リストから目を上げる。そこには荷物を担いでいる、浅黒い肌の若者たちがいた。少し前に出入りしていた商会と同じ服装だが――なんとなく違和感がある。

 しかも、荷物はバカに大きい。人が丸々四人は入れそうな木箱を六人がかりで担いでいる。

 クロウは視線を落とし、リストを確かめて眉を寄せる。

「――クロッツェ商会か。彼らが運ぶ荷物にしては、ちょいと多いな……」

「……誰何しますか?」

「ああ、俺が行く。ついでに休憩を取ってくるから、ここで見ていてくれ」

「了解っす」

 リストを部下に預け、クロウは見張り台から降りていく。そのまま、荷物を担いだ人足たちに近づいて軽く手を挙げた。

「兄さん方、お疲れさん。ちょっといいかい?」

「はい? 急いでいるんですけどねぇ……」

 人足たちは不服そうな顔をするが、羽織の紋章を見て大人しく足を止めてくれる。荷物を下ろしたのを見て、クロウは軽く訊ねる。

「おたくら、どこの商会だっけ?」

「クロッツェのものですが……?」

「へぇ、何運び込んでいるの?」

「魚ですわ。調べてもいいですけど、あまり崩さないでくださいよ」

「分かった、軽くだけだから」

 大きな積み荷の箱を開けてもらう。その中に入っていたのは、ぎっしりと詰まった氷。その中に魚が大量に詰め込まれている。

(なるほど、氷室から氷を出してきたか……それでこの大きさなんだな)

 氷自体も、氷菓にするなど価値がある。合理的な運び方だ。

 念のため、手を突っ込んで中身を確認してから、ふむ、と一つ頷く。

「すまなかった。想像以上に、荷物が多い上に、運んでいる人が多かったから少し不審に思ったんだ」

「ま、お互い仕事ですわな。仕方ないですわ」

 人足の一人が歯をむき出しにして笑う。ああ、とクロウは笑い返しながら頷く。

「キミは――北から働きに来たのかな?」

「ええ、分かりますか?」

「ああ、言葉の訛りが北の方だ。それに、いい筋肉をしている」

「あっちで狩りをしながら、こうやって人足で出稼ぎもするんですわ」

 そう受け答えしながら、人足たちは六人がかりでその木箱をぐっと持ち上げる。それを見届け、クロウは一歩引く。

「じゃあ、頼んだよ」

「ええ、ご苦労さんです、よし行くぞ、お前ら!」

「おうッ!」

 人足たちは、息を合わせて城内に運び込んでいく。それを見つめながら、クロウは頬を掻いた。

(さすがに、気を張りすぎたか……少し、休憩をしよう)

 ぐっと背伸びをしながら、クロウは人の行き交う通り道を離れ、休憩するべく詰所に戻っていく。本丸に向かっていく、人足たちに背を向けて。


 それからしばらくして――人足たちは。

 本丸の食糧庫に荷物を運び入れながら、小さく吐息をついた。一人の人足が、ふぅ、とため息をつき、木箱の蓋を開ける。

「いやぁ、危なかった。上手く偽装していたが、感づかれかけたな」

「ま、にしては詰めが甘かったな……これだけバカでかい荷物の氷なんざ、六人がかりで運べるはずがねえだろうに」

 人足はそうささやくように言いながら、中の氷を食糧庫の木箱へ移していく。魚も全て移し終えると――そこの底を、外した。

 二重底。その下からのぞかせたのは――漆黒の輝きを宿した刃物。黒装束。

 それを手にしながら、一人の人足は手を叩き、五人の仲間を見やる。

「よし、仕事の時間だ。手筈通り、ロイドたちは仲間の手引きを。他は俺と一緒に潜伏。仕掛けをやっていく――各々、ぬかるなよ」

 全員の顔を見渡し、その人足は不敵な笑みを浮かべて告げる。


「リュオ民族の腕前、とくと見せつけてやろうじゃねえか」

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