第11話

 翌朝早く――アザミの街の城門には、人だかりができていた。

 朝日もまだ昇らない、薄暗い空の下。その中心にいる一人の男性、シズマは苦笑い交じりにその面々を見渡す。

「みんな、ここまで見送りに来なくてもいいのに」

「いいえ、見送るわよ。一応、お父様が正式な領主なのだし」

 ルカは父と向き合い、にっこりと笑う。

 その傍にはステラ、リヒトと使用人たち。サンナをはじめとした騎士の数人。そして、アザミの住民たちまで、わざわざ城門まで来ていた。

 一人一人がシズマに向かって丁寧に礼をする。それにシズマは目を細めた。

「――ありがとう。みんな。だが、この地の辺境伯は、ルカだぞ」

「それでも、です。ルカ様にお世話になっているからこそ、シズマ様にもお応えしたいですので」

 住民の一人の声に、そうか、とシズマは頷いて微笑む。

「そう言ってくれれば、嬉しい――ルカ、これからもみんなをよろしく頼む」

「もちろんよ」

「ステラ、リヒト、サンナも。ルカをしっかり支えて欲しい。特に、ステラ――ルカは、おてんば娘だからな。手を焼くかもしれないが」

「はい、それは承知しています」

「ちょっと、お父様!? ステラまで――!」

 頬を膨らませるルカに、みんなが笑みをこぼした。ステラはシズマに視線を向け、恭しく拝礼する。

「では、道中のご無事をお祈りしています――祈るまでもないかもしれませんが」

 護衛もいる上に、そもそも、シズマは凄腕の剣士だ。不覚を取ることは、ほぼないだろう。だが、それでもシズマは目を細めて頷いた。

 そして、ひらりと馬に飛び乗り、従える護衛に手で合図を出しながら、ルカを見やった。

「じゃあ、ルカ――昨日も話したが、カグヤ会議については、任せる。何かあったのなら、また人を寄こしてくれ」

「ええ、任せて。お父様……それじゃあ」

「ああ、またな」

 愛おしそうにシズマは目を細め、小さくささやくとゆっくりと馬首を返し、馬の腹を軽く蹴った。それだけで、軽やかに駆けだす馬。

 それに付き従い、護衛たちが脇を駆けていき、城門を潜っていく。

 朝日が差し込む平原の中を駆けていく、シズマの後ろ姿がだんだん遠くなる。それを見つめて、ルカは小さくつぶやいた。

「――行ってしまったわね」

「はい、そうですね」

 ステラはその隣に並ぶ。二人でもう彼方に消えつつある騎影を見つめる。それを名残惜しそうに見つめていたが、すぐにルカは振り返り、住民たちに声を掛けた。

「みんな、見送りに来てくれてありがとう。さぁ、今日も一日、頑張りましょうか」

 その掛け声を合図に、住民たちはばらばらに帰宅していく。

 それを見届け、ルカも騎士たちを引きつれ、帰路につく。ステラはサンナの横に並び、その妹分の顔を見やる。

「そういえば、サンナ――今朝も、シズマ様に稽古をつけてもらったみたいですが」

「ん、特訓をつけてもらったよ」

 どこか得意げに言い、サンナは懐から何かを取り出す。それは一振りの短刀だ。

「シズマ様が鍛えてくれた、短刀をいただいたのだ。お守り代わり、って」

「――いい、経験になりましたね」

「うん……それと、刃を合わせて思ったのだけど」

 少し目を細めて――小さく、サンナは寂しそうに微笑みを浮かべた。

「彼に斬られたのなら、父様も本望だったんじゃないかな、って」

 それは、寂しげだけど――何故か、どこか嬉しそうで、ほっとしているようにも聞こえた。大事そうにその刃を握り締め、そっと懐に納める。

 ステラは目を細めて見守ると、その頭に手を載せ、癖毛の茶髪をくしゃくしゃと撫でる。

「特訓の成果、見せてもらいますよ。サンナ」

「あはっ、姉さまは厳しいのだ――でも、頑張るっ!」

 彼女は目を輝かせ、ステラの手を取って無邪気に微笑む。

「いつか、お父様や――鬼シズマと並び立てる、リュオの戦士になるために!」

「……はい、期待していますよ」

 その眼差しは、どこまでも眩しい。真っ直ぐで太陽のようだ。

 前にも増して、その輝きが強くなっているのを感じて、ステラは微笑みを返す。

 もしかしたら、彼女はこの勢いのまま、どこまでも強くなるかもしれない。

 ルカもそれを優しい目で見つめていたが、ふと思い出したように告げる。

「そうだ。二人とも、カグヤ会議には同行してもらうわよ」

「シズマ様が話していましたね――カグヤ会議、とは一体何ですか?」

 思わずステラは首を傾げる。サンナも同じなのか、こくこくと頷いている。

 ルカは少しだけ唇の指をあてて考え込むと、小さく言う。

「まあ、自治体での会議なんだけど……敢えて、堅苦しい言葉で言うのなら」

 そのまま、彼女は悪戯っぽく片目を閉じて言う。


「首脳会談、かな?」

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