第3話

 その後、ルカとステラは一緒にティータイムを楽しみ――。

 すっかり朝日が昇った頃、二人は屋敷を出て兵舎に向かう。

 その中で――さすがにステラは徐々に不安を感じつつあった。

(……初出勤。上手く部隊に馴染めるかな……)

 今から会う騎士たちからすると、見知らぬ上司が中央から来るのである。もし、嫌われてしまえば――今後の関係性に支障をきたす。

 やはり、第一印象が大事。それと、力関係とかも考えて――。

 そんなことを悶々と考えていると、不意に前からルカが覗き込んできた。

「表情が、固いわよ? ステラ。考え事かしら?」

「ま、まあ、そんな感じです……馴染めるかどうか不安ですし」

「んん、緊張し過ぎよ? 顔も赤い気もするし、気負い過ぎなのよ」

(それは、ルカ様の顔が近いからで……!)

 間近に迫った端正な顔が、とても眩しくて直視できず、どぎまぎとしてしまう。

 見れば見るほど、ルカの顔は綺麗だ。その端正な目鼻立ちは凛としていながらも、どこか可憐さも備わっており、桃色の唇はいかにも柔らかそう。

 そして――澄み渡ったその黒い瞳はどこまでも真っ直ぐ。

 同性なのに、その力強さに惹かれて、呑み込まれてしまいそうになる。

「まあ、今日は顔合わせくらいだし、いきなり演習を担当するわけでもないわ。そこまで気張らなくてもいいわよ?」

 そう言いながら、ルカは顔を離して前に視線を向ける。

 それに思わずほっとしていると、彼女は腕を上げて目の前を指差す。

「ほら、あそこ。あの建物が、兵舎よ」

 そう指差した先にあるのは、木造の建物だった。立派ではないが、さすがに大きい。同じような建物が奥に向けて何軒か並んでいる。

(あの中に、私の部下になる人たちがいる――)

 ごくり、と思わず唾を鳴らし、ステラはぐっと拳を握りしめた。

 その覚悟を横目で見ながら、ルカは小さく微笑みを浮かべると、悪戯っぽくささやいた。

「それに――そんなの、どうでもよくなる通過儀礼が、あるから」

「え……通過儀礼、ですか? 聞いていないんですけど……?」

 思わず不安に駆られる。くすり、とルカは笑い、励ますように軽く肩を叩いた。

「貴方なら、きっと大丈夫よ――さ、行きましょ」

 彼女の軽い足取りに続き、ステラは一抹の不安を抱えながら、その後ろに続く。


 そして、しばらくした後――ステラは木刀片手に、兵舎の裏庭にいた。

 周りを取り囲むのは、好奇の目を輝かせる騎士たち。ぐるりと円を描く彼らを務めて見ないようにして――ステラは、目の前の彼女に問いかける。

「本当に――手合せを、するのですか?」

「ええ、これが通過儀礼よ。ステラ」

 そう言いながら、彼女は勢いよく木刀を振るう――その目は、爛々と輝き、とても楽しそうだ。少しだけ、ステラは引きつり笑いを浮かべる。

(えっと? 居合抜刀術の名手の、ルカ様相手に、試合?)

 勝てるどころか、善戦できる気がしない。

 力量の差は――こうして、対峙しているだけでも分かる。間違いなく、剣術では圧倒される。小さく吐息をつき……それでも、と身構える。

「分かりました――手合せで逃げるわけには、いきません」

 そう答えると、ルカは一際嬉しそうに目を細め、正眼に刃を構えた。木刀のはずなのに、まるで真剣のように鋭さを感じるのは、気のせいだと思いたい。

「いいわよ。その目つき――大丈夫、死にはしないわ」

「安心できませんが――ルールは一本先取でよろしいですか?」

 そう言いながらステラは防具を確認する。腕当て、胸当て、膝当てなど最低限はついている。その上で、木刀を確認し、長さを確認する。

「ええ、構わないわ――武器は、それでいい? 一応、槍とかあるけど」

「――いえ、これで構いません」

 本当は別の武器が欲しいところだけど――それを持っていることを明かしたら効果は半減する。今回は、この木刀で立ち回るしかない。

 息を吸い込むと、右足を一歩引き、半身に構える。

 木刀は顔の横。地面と水平に構えるようにし、切っ先をルカに向ける。

 その構えにルカは微かに目を見開き――不敵に笑う。

「霞の構え、ね――面白い構えを選ぶのね」

「これしかできないので……お手柔らかにお願いします」

「貴方の腕次第ね。どうぞ、お好きなタイミングで」

 涼しい顔での微笑みに、一瞬だけ目を惹かれ――我に返ると同時に、ステラは地を踏み切った。滑るような踏み込みと同時に、片手で刺突が放たれる。

 容赦のない首筋を狙った一撃。それを、ルカは刃を合わせて逸らす。

 そのまま、ルカは突きを払い除け、すれ違いざま、無防備な胴に向けて横薙ぎ一閃――。

 それを放つ寸前、彼女は弾かれたように後ろへ跳んだ。

 必殺のタイミングで、敢えて下がった。そのことに騎士たちが困惑する。その中で、ステラは木刀を引き戻し、霞に構えながら内心で舌打ちする。

(――まさか、一瞬で見抜かれるとは……)

「お手柔らかに、と言った割には――容赦のない技を構えるわね」

「……さて、何のことでしょう」

 ルカの視線がステラの空いた左手に向けられる。それを隠すようにしながら、ステラは笑顔でごまかす。

 その手は、数瞬前、鉤爪状に開かれていた。

 わざと無防備な一撃で、胴を空けることでルカの一撃を誘い――そのすれ違いざま、胴を打たれるより早く、急所を狙った一撃を繰り出すつもりだったのだが……。

「なるほどね、武器で迷った訳は、貴方の本当の武器は徒手空拳だから、かしら」

「ご想像にお任せします」

 二人の口元に、笑みが込み上げてくる。ルカは目を燦然と輝かせ、ゆっくりと木刀の切っ先を下げると、じり、と爪先に力を込める。


「なら――もっと刃を合わせて、聞き出してあげる!」

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