読めぬなら書くしかなかろう?

naka-motoo

読むを他者に封印されし者よ、書け

 信じられない人生だ。本が読めぬ。

 いや、決して文盲ではない。むしろ文盲であった方が物語に触れるという点では厚遇かもしれない。何故なら聞く耳を持てるから。他人の物語をまるで小説のように疑りなく自分の身に浸透させることができるから。


 文盲であろうが識字であろうが自らの意思で物語に触れることは同じだ。

 わたしは決してそんな自らの意思によって読んだり物語に触れたりできる人のことを語る気はない。

 わたしが語りたいのはただひとつ、他人の強制によって読むことのできぬ人間だ。


 わたしがそうだ。


「本を買うな」

「え」

「図書館で借りることもするな」

「でも、仕事に必要です」

「知るか。そんなもん」


 この短いやり取りが、けれどもわたしの人生を決めた、はずだ。

 わたしは三段論法のようなものを取った。実際は三段どころではなく、まさに風が吹けば桶屋が儲かるという複雑怪奇な論拠を取った。


 ①本が買えぬ。図書館でも借りられぬ。

 ②無償のWEB小説ならばどちらにも当てはまらぬ。よって読める。

 ③だが、膨大なWEBの中の小説の中からいかにしてわたしに必要な小説を探し出すのか。前提としてマーケットに流通する小説の場合、それが数万冊のレベルだったとしても無限ではない。

 ④WEBで出会う小説はマーケットに流通する小説よりも縁による。

 ⑤しかし、確率的には低い。

 ⑥でもどうしてもわたしには小説が必要だ。

 ⑦生きるためだ。

 ⑧死ぬためだ。

 ⑨どう生きるか、ということでもなく、「生き延びることだ」と主張する教育家の言葉でもなく、「生まれてしまったものはどうにもできない」

 ⑩そして生まれてしまったのならばそこには生まれただけの理由があろう。ならばその理由を解き明かし、生まれたという事実を否応なく叩き込まれるしかなかろう。


 だから、書く。


「おい。今日の分は」

「さっき、アップしたよ」

「何分前だ」

「30秒前」


 わたしはわたしのクライアントでありパトロンであり絶対的な理解者でありくだらぬものを書いた場合に鞭打つような言葉を時として投げかけ、一度など本当に鞭でわたしを打ったことのある彼にわたしのWEB投稿小説の更新を告げてあげた。


 彼は満足そうにスマホをタップし、その場でわたしの短編を読み始める。


「ねえ、Un-ei」

「ああ」

「どう?」

「ああ」

「いいの?ダメなの?どっち?」

「まあまあだ」

「意地悪ね」


 でもわたしは満足だ。

 この世で一番辛き所業、それは『スルー』だ。

 彼はわたしの今出来上がったばかりの短編を純喫茶のこげ茶のレザーシートにふんぞるように深く座り、ハイライトを肺まで完全に吸引した上で呼気すべてを煙として吐き尽くす。


 微妙なのだ。

 目尻が数ミリ単位で下がる。

 その下り具合がわたしの小説に対するレビューだ。


「どうなの」

「いい」

「・・・・・・」

「すごく、いいぞ」

「・・・・・・」

「もっとだ。もっとよこせ」

「・・・専念させて貰えるなら1日五万字がアベレージよ」

「どういう計算だ」

「3,000字per15分。1時間で10,000字超」

「ふむ」

「単純なタイピングを1日五時間確実にするならば分量としては五万字超」

「残りの時間は?」

「脳内でプロットを作るために散歩させて」

「散歩か」

「あるいは皿洗いでもいい」

「ふむ。なんとなく言いたい感覚はわかる」

「更に成果を上げるなら。タイピングを一日十時間に増やせば十万字。WEB上のコンテストで最低文字数とされる長編を毎日一本ずつ書ける」

「おもしろいのか」

「なにが」

「そんな自動的に書いたような小説がおもしろいのか」

「Un-ei。あなたは一日何語しゃべる?」

「ふむ」

「あるいは脳内で何語文字を浮かべて思考したり脳内で中二病のように自問自答してる?」

「考えたこともなかった」

「考えるのよ。まったく無の、文字のない状態で脳が・・・ココロと言おうか性根というものが沈黙している時間はない」

「そうかもな」

「脳内、心、脊髄、あらゆる体の器官で浮かべる文字をすべて小説にするのよ。わたしの行動すらそれはわたしのキャラたちの行動。わたしという人間から生まれる文字そのものがすべてこれ小説」

「喘ぎ声もか」

「なんの」

「当然よ」


 Un-eiはいたく満足した。

 だから四半期に一度のわたしを彼の専属の小説家とする個人間契約の更新もほぼ自動的にしてくれた。


 わたしは彼との契約に基づいて小説を書き、対価として彼はわたしのあらゆる生活の補償をしてくれる。


 衣食住。

 病気の際の療養。

 取材の旅費。

 わたしが軽犯罪に問われた時の罰金の支払い。

 計らずも他者を侮蔑してしまった場合の法廷費用。慰謝料。


 金銭だけじゃない。


 わたしの、恋愛欲求。

 性欲も。


 だけれども、たったひとつだけ補償してくれないものがある。

 今日も拒否された。


「本を買いたいの」

「ダメだ」

「どうして」

「スタートはキミがキミの服従せざるを得ない存在からの脅迫だったかもしれない。だがマーケットに流通する本を買いもせず図書館で借りもせずにいた結果、キミは書く人間になった」

「だからより良く書くために読みたいの」

「いや。ダメだ」

「どうして?もしかして優れた作家たちの本を読んだらそれに満足してしまってわたし自身が読みたい小説を自ら書こうという気力を削がれるから?」

「違う」

「じゃあ、どうして」

「堕落するからだ」

「感化されてオリジナリティが無くなるから?」

「毒されるからだ」

「退廃的な小説を読んだらってこと」

「違う。手にした小説がくだらぬものだった場合、キミが絶望してしまうからだ」

「・・・・・・・そうかしら」

「少なくとも私はそれを恐れる。そして私にとってもキミの小説さえあればいい」

「でも・・・あなたとの契約で書いた小説をアップしたサイトで複数のひとたちがわたしの小説を読むわ。あなたの独占欲はそれで満足するの?」

「わたししか本当の理解者がいないというところがとてつもなく甘美なんだ」

「でも、もっと深く理解してくれている人がいるかもしれないわ」

「どうして分かる」

「応援やコメントを頂くもの」

「関係ない。どこまで行ってもキミの小説の最高の理解者はわたしだ」

「もしコンテストに受かったら?」

「ありえない」

「え」

「本当に素晴らしい小説はコンテストを通らない」

「なぜ」

「キミは自分より美人の人間を素直に褒め称えることができるかね」

「でも、その小説を売れば発行者は金銭的に潤うはずよ」

「違う」

「じゃあ、どういうモノがコンテストを通るのよ」

「御し易いものに限る」


 彼の最期の言葉が事実なのだとしたら。

 わたしは生きている間、浮上できぬのだろう。




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