第20話 お義母さん

 私達が、神聖な契りを交わしている頃、同時進行で、史絵と卓も愛を交わしていた様だ。洗面所を見ると歯ブラシがペアで置いてあった。それ以外には、卓の物は目立たない。


  ――まぁ、通い夫の類だろう――


 俺は、二人に、


「史絵、それに卓君」


「私は君たちには学生らしい交際を望んでいるよ」


「余り、泊まるのはどうかと……卓君の親御さんも心配すると思うよ」



 すると史絵は、


「えー、ずるい。彩夏はいいの!彩夏だって学生じゃん」


「此処二年半、ずっとお父さんと暮らしていたのに」


   ――言われると、一理あるけど――


「ばか言うんじゃない、俺と彩夏は、パパと娘みたいな関係だ。」

「彩夏の母親から頼まれて預かっていただけだよ」

「何も、その……男女の関係は無かったし」



「ふーん、それは、一昨日迄の事でしょ」

「帰ってからも、一緒に住むんだよね?」


 ――この子は俺に何を言わせたいんだ――

 ――あっ、そう言えばうっかりした、史絵は紗枝の唯一人の忘れ形見――



 俺は、襟を正して話した。


「史絵、分かっているのに、言い辛いのだけど、紗枝の代わりに聞いてくれ」

「昨日、父さんと彩夏は婚約した。だから紗枝に代わって許してくれ」


「分かりました 許します その代わり彩夏ちゃんを幸せにしてやってね」

「今のは、お母さんの言葉だからね」


「今度は私の言葉」と言って、

「お父さん、彩夏、おめでとう 二人とも幸せにね」



「堅苦しい挨拶も終わったし、そろそろ帰ろうか彩夏」


  ――これ以上居たら、又突っ込まれそうだ――


 近くのファミレスで、皆と昼食を摂ってから札幌を後にする事にした。昨日の会の一寸重い空気と違って、今青空の下で、心地よい風が肌を撫でている。


 別れ際に史絵から、近いうちに彼と相談と挨拶に来ると言われた。


  ――何の相談なんだ?……うーん……想像は付く――



 続けて史絵は彩夏にこう言った。





「これからもよろしくね お義母さん」




 皆で爆笑して別れた。




 そして二日ぶりの我が家に着いた。車を車庫に入れると、家に入ろうとする彩夏に俺は、


「一寸待って彩夏」

「小野寺のお義母さんに挨拶しなくちゃ」


と言って向かいの家を二人で訪ねた。 


 智恵さんは少し驚いた様だが、彩夏から誕生日はドライブデートする事は聞いていたみたいで、直ぐに察しが付いたようだ。 


 報告が終わり、そして順序が逆になった事を詫びて、改めて彩夏を妻に欲しいと、お願いをした。


「不束な娘ですが宜しくお願いします」と俺に言うと、彩夏を抱きしめて「彩夏、良かったね」と言って喜んでくれた。


 すると彩夏が、

「お母さんはパパのお義母さんで、私はお姉ちゃんのお義母さんになるの?なんか変」

「一寸、複雑な関係?」


「系図的にはそうなるが、呼び方は後で考えよう」


 と言った時、玄関を開ける音がした。その男は居間に入った途端俺たちを見て固まった。居間の空気が、菜の花畑からオホーツクの流氷景色に変わった。

 あのレイプ未遂犯の前山だった。俺は直接会うのは初めてだったが、一応、形の挨拶をした。彩夏に至っては顔を見ようともしない。


 前山は、今更ながら彩夏に土下座をして詫びた。彩夏は聞く耳を持たない。


 俺は前山に言った。


「前山さん、あなたが彩夏にした行為は、許される行為ではありません。でも、その許されない行為がきっかけになって私と彩夏は結ばれる事に成りました。勿論彩夏と暮らした二年半、関係は、ありませんでしたよ。でも彩夏には、私がひとぼっちに成って、どん底になっていた心を引き上げてもらいました。そう言う意味で、あなたに感謝は出来ないけれど、縁を感じます」


 そう告げて我が家に戻った。


 家に入ると、二人は運命に感謝して、自然と抱き合ってキスをした。


 又、順序が逆になったが、それから紗枝の前に二人で座って挨拶をした。



「紗枝おばさん、パパの事は任せて下さい。そして応援して下さい。彩夏が優留さんの死水を取りますから」と大きな声で彩夏は紗枝に話しかけた。


  ――おい、何十年先の話だ――


 俺は紗枝に手を合わせて、


 ――紗枝、こう云う事に成ったけど、許してくれないかな――

 ――俺は紗枝の事は一生忘れないから、それで勘弁してくれるよな――



 二人での、紗枝への報告が終わった途端、突然彩夏が言った。


「私、今から、『パパ』の呼び方卒業する」


「『すぐる』にするけど、『さん』も着けた方がいい?でも、それだと、お姉ちゃんの彼氏と同じに成りそう」

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