第11話 ご夫妻?

 今年の冬は暖冬のせいで、降雪量も例年に比べて少なく、春の足音が近くまで来ていた。


 今日は引っ越しの日、三年間お世話になった下宿から、四月から通う大学の徒歩圏内にあるワンルームマンションへと、史絵の巣立ちの日だ。

 朝早く家を出て、史絵の待つ老夫婦の家へと向かう。引っ越し先は、ある程度の家具・家電付きのタイプで荷物も少ないから、札幌のレンタカー店で予約していたワンボックスタイプの車に乗り換えてから向かった。レンタカーは札幌で借りて返せば経済的との事で予約魔の史絵が頼んでいた。その他にも今日は二件予約していると言われた。そして、必ずスーツを持ってくるようにとも言われた。大体想像がついたので、言われたように割と若く見えそうなスーツを選んだ。彩夏も一緒に行くと、二人から聞かされていた。

 朝、彩夏が少し大きめのバッグを持って二階から降りてきた。


 絶対的に、彩夏も一緒に行くとは、言われなくても分かっていたが、

「何故彩夏も行くの」とカマを掛けてみた。


「私もどんな人だか見てみたいし、それに引っ越しは人手が要るでしょ」

 と返ってきた。


 あー、スーツの意味は、そう言う事だったんだと、自分にある程度の覚悟が出来た。


 乗車人数が二人だけの時は、彩夏はいつもパートナーの席に座る。あまり会話も進まないが、予定の時間に下宿に着いた。玄関には、手際よく積み上げられた段ボール箱20個位と満ちた布団袋が一つ置いてあった。レンタカーへの積み込みはあっという間だった。


 積み込みが終わった途端、史絵は、

「お父さん、引っ越しが終わったら、会って欲しい人がいるんだけど」


 ――来たぁ―― スーツの理由だ。


「彩夏も会いたいと言うから二人で来てもらったの。でも彩夏の方が私より魅力的だから一寸躊躇したけど」


 ――おい、それは会いたいのではなく、物珍しさの観察だろ――

 ――まぁ、彩夏の方かな――

「分かった、会おう。遂に俺もそう言う立場に成ったか」


「お姉ちゃん、あと、部屋の掃除とか終わっているの」と彩夏が尋ねると


 史絵は、

「一応、終わっているけど」と言うと彩夏が検査に行った。


 戻って来るなり下宿の婦人に

「あのーすいません。バケツと雑巾を貸してください」と言って、借りたそれらで最終清掃を始めた。

「お姉ちゃん、立つ鳥跡を濁さずでしょ」


 ここでは、姉妹の立場が逆転していた。俺は苦笑するだけだった。


 マンションの鍵はすでに貰っていた。荷物の搬入は直ぐ終わった。下宿先の婦人が持たせてくれた、一寸だけ豪勢な弁当とペットボトルのお茶で、引っ越し祝いの昼食が終わると、タイミングが良く、配達指定していた軽家具的は品々と、ベッドが届いて配達員によって組み立てられた、ベッドなどが部屋の中央に置かれた。それらの品は、史絵が家具店へ行って見定めて、決めた商品番号がメールで俺に送られて来て、俺が地元の支店に行って商品番号と配達場所、配達日時を告げて清算させられた品々だ。


 それらの配置をしていると、時間は瞬く間に過ぎて行った。

 突然、史絵が、「あっ、間に合わないかも」

「二人共もういいから、着替えてちょうだい。後は、私一人で大丈夫だから」

と言って作業は中断された。

 居間で女子二人の着替え、俺は洗面所へと追いやられた。スーツに着替え終わったので、

「もう出てもいいかい」と声を掛けたら、「もう少し待って居て」の返事。仕方なく、スマホゲームを始めて30分位経ったとき、「戻ってもいいよ」との独房から出るお許しが出た。


 そこで見たのは、今まで見た事が無い、艶やかで眩しい程の史絵と彩夏の姿だった。特に彩夏は綺麗に化粧されていて、何処のアイドルグループに入れても、見た目だけではセンターだった。


「この服、この前お母さんに買って貰ったの」と言っていたワンピースも凄く似合っていた。


 三人で、レンタカー店に寄って、車を乗り換えて、史絵が予約していた居酒屋へと向かった。


 史絵が「お父さん、今日は飲んでも良いのよ。顔合わせ終わったら遅くなるし、

居酒屋の隣のビジネスホテルを予約してあるから」と言う。


――本当に予約魔だ、この娘は――


バックミラーにそんな史絵の言葉と一緒に、微妙な笑みがこぼれた。同じミラーに映っていた彩夏は、何故か表情が固かった。


 移動中の後部座席は、外見だけ大人びて見えるが、全く依然と変わらず騒がしい。そんな変わらないありさまに少し安心した。通勤ラッシュの渋滞に巻き込まれて、ナビの到着予想時刻が、ぎりぎりなのを後部座席に伝えると、騒がしかったのが一転、心配顔になった史絵がミラーに見えた。スマホを取って連絡している様だ。


 居酒屋の隣のビジネスホテルに着いた。約束の時間まで間が無いので、フロントに予約番号を告げて、車のキーと荷物を預けて急いで直ぐ隣の居酒屋へ向かった。一分遅れである。


 完全個室の席に案内されると、リクルートスーツに身を包んだ青年が座っていた。その青年の隣に史絵、向かいの席に俺と彩夏、揃った所で史絵がお互いを紹介した。


その青年は、春日井卓と言って、史絵の入る大学と同じ大学の学生だった。


――なんだと、俺の名前と発音が同じじゃないか!――


最後に史絵が彩夏を紹介したとき、その青年は、


「お話は、史絵さんから伺っております。もしかしたら、私のお義母さんに、痛っ……」


 向かいの席のすぐるは、どうしたのか、足が痛そうだ。


 隣の彩夏の頬に赤みがあるのが、化粧のせいなのか、今赤くなったのか、よく判らなかった。

 俺は、向いの席のすぐるに「君のお母さんが彩夏にって?」と尋ねた。


「いや、似ていると言う話でした」


 とりあえず、ワインで乾杯して会食は始まった。俺以外はノンアルのワインで。女子二人は未成年だし、向いの席のすぐるは会食後に史絵を自分の車で送るそうで、俺だけが本物のワインを頂いた。

 料理を食べ始めてから、切れの良い所で、向いの席のすぐるは箸を置き、自己紹介を始めた。

 父親は、電力会社勤務で四月から役員になるとか、母親は小学校の教師をしているとか、妹は史絵の友達で、本人が親しくなる前から史絵は両親との顔合わせは終わっていて、両親から、大変気に入られている事などを話した。


 そしてこう続けた


「僕は、まだ学生ですが、二年後には社会人に成ります。その時には、改めてご挨拶させて頂きますので、今は、結婚を前提としたお付き合いを認めてください」


――おーい、その台詞何処かで聞いた事があるぞ――

――あっ、聞いたのでは無くて、言ったのだ――


 俺は、その事を思い出して、一人苦笑いをした。


 向かいの席のすぐるは「何かおかしい事でも?」と言って一寸むくれ気味だ。


 俺は「いや、御免、ごめん」と言って

「実は昔、眠ってしまった史絵を背中におんぶしながら、動物園の帰り道で、史絵のお母さんの紗枝に、今、君が言った言葉と同じような事を言った事を思い出してしまった」と告白した。その後四人で大笑いした。

 その後、和気藹々とした雰囲気で会食会は終了した。


 居酒屋の前でカップルを送り、隣のビジネスホテルにチェックインした。

 カードで決済をしてカードキーを受け取った。荷物は部屋に入れてあるとも伝えられた。

 何故かフロントでは一枚のカードキーしかくれなかった。シングル二部屋だと思い込んでいた俺の中のもう一人の俺の、久しぶりの、すすきの風俗計画が、没となった。ツインの部屋みたいだ。それでも仕方がない、何もある訳がない、と思って部屋に入った。15階の部屋だった。


彩夏が

「わー、パパ、夜景、すごーい、きれい」と、外の景色に感動している時、


 俺はベッドが一つしか無いのと、それよりバスルームが全面ガラス張りでリビングから丸見えの造りに成っている。バスルーム側に一応ロールカーテンは確認出来たけど、俺は落ち着きを無くしていた。とりあえずフロントに電話した。


「あのー、先程チェックインした北島ですが、1501号にいるのですが、部屋間違っていませんか?」


フロントは、

「いえ、御予約いただいたお部屋です。ダブルのJrスイートルームです」


続けてこう言った。


「北島様ご夫妻で間違い無いですよね」


「…………」

「ご・ふ・さ・い……あっはい」


何故かそう言って電話を切った。

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