第26話 かつての同僚たち

 「ああ、日高先生、お久しぶりです。そちらの方は、小説家の米河さんですな」

 「ええ。実は彼も、小学6年の初めまで、よつ葉園で育ったそうでしてね。折角だから、彼もお呼びしました」

 「はじめまして。物書き稼業をしております、米河清治と申します」

 名刺を交換するなど、しばらく挨拶をした後、早速、大将が話し始めた。

 「酒はあとにしましょう。最初からアガリというのも難ですが、まあ、お茶をどうぞ」

 お茶を勧められ、テーブル席に座った彼らの前に、大将がアガリを持ってきた。

彼らに勧めた後、大将はカウンターに置いてあったアルバムを持ち出してきた。

 

 これが、うちの上の息子の英一です。この若い女性が、中元先生ですね。当時園長をされていた稲田先生が、こちらね。それから、稲田先生の横にいるのが、私の妻でして、もう亡くなってしまいましたが、まだ、若かったねぇ・・・。

 それから、このちょっと不愛想なアンチャンが、私です。

 これは確か、くすのき学園の応接室で、最初に伺ったときに撮影したもので、確か梶川先生という若い男性の職員がおられて、彼が、撮ってくれました。それから、もう一枚。これは昭和54年の正月に撮影していただいたものですね。

 こちらにおられるのが、日高先生、あなたです。うちの子を膝にのせて、撮ってくれていますね。これも確か、梶川先生が撮影してくださったとのことです。いやあ、先生は当時のスポーツマンっぽいお姿ですなぁ。くすのき学園の子どもたちに、一所懸命スポーツを指導されていたとお聞きしていますけど、ほら、当時のマラソンの瀬古選手みたいな感じですな。

 そうそう、今日はこの後、うちの息子らの担任をしてくれた古賀先生と、くすのき学園におられた中元先生が、もう少ししたら来られることになっていましてね。うちの下の息子の真二は仕事があって遅くなりますけど、上の息子の英一は、仕事を早めに終えることにしていますので、もうそろそろ、来ると思います。

 まあ、それまで、作家の米河さんもお越しですから、この際、いろいろお話させてください。もちろん、ボイスレコーダーを回してくださっても、写真を撮ってくださっても、構いません。


 大将がそこまで話し終えたところで、銀縁の眼鏡をかけた背広姿の年配の男性と同じくらいの年齢の女性が相次いで店にやってきた。一人は、元英語教師で中学校長を務めた古賀政男氏、もう一人は、中元美香元保母だった。


 お久しぶりです。下山美香と申します。旧姓中元と申しまして、養護施設のくすのき学園で保母として4年間勤めておりました。英一君が3歳の頃、直接担当させていただいて、正直、あの子のお役に立てていたのか、今も悔いが残ることばかりです。園長の稲田先生には、くすのき学園を辞めて結婚して主婦になった後も、公民館の文章指導でお世話になりました。

 もちろん、素人ですからこちらにお越しの米河先生ほどの文章が書けるわけではありませんけど、素人なりのエッセイを書いていましてね、当時のことも何度か書いたことがあります。せっかくですから、皆さん、どうぞ、お読みください。


 元校長の二人と作家の米河氏、それに、小田の大将にそれぞれ、文章のコピーが渡された。彼らは、かつて保母であった女性の文章を、真剣に読み始めた。

 「ここで、作家の先生に私の文章を読んでいただけるのは、光栄です。どうか、米河先生、御遠慮なく、厳しい御指摘をお願いいたします」


 「いえいえ、作家と言っても、駄文書きの三文文士ですから、私なんかの感想が、そうそうお役に立つとも思えませんけど、まずは、読ませていただきます。あ、それから、こちらの日高先生と古賀先生はともかく、私なんか、塾でちょこちょこ教えただけですし、先生は、ちょっと、御勘弁ください。おまけに、まだやっと50歳の若造ですし・・・」

 そう言いつつも、自称三文文士氏、誰よりも真剣に彼女の文を読んでいる。

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