第16話 生身の愛へ9 大家さんの違和感

 さてさて、結婚したのはいいのですが、いつまでも、愛美に報告しないわけにはいかない。

 彼女はこの年、中2になっていました。まさに、思春期の盛りですよ。

 下手すれば、高校卒業までくすのき学園にいることになりかねない。

 さあ、これから最大で5年間、どう隠し続けるか、逆に、いつ話したらいいものか、随分悩んでいました。

 

 1980年は、あの松田聖子がデビューした年ですよね。キャンディーズが解散してたった2年で、アイドルの世界はこうも変わるものか。仕事が終わって帰ってきたアパートで、愛ちゃんとテレビを見ていました。

 うちは、愛ちゃんの保育園からの給料と、私の伯父の会社からの給料その他で、2人どころか3人ぐらいは十分生活できるだけのお金が入るようになっていました。

 しかし、ここで愛美を引取れるかというと、それはちょっと、物理的に無理な状況でした。しかも、兄である私は愛美と4歳しか違わない。私と愛ちゃんがイチャイチャしている姿を、妹とはいえ年頃の女子中学生に、見せられますか?

 どちらかの親がいればまだしも、うちは、そういう場所じゃないですしね。

 その話を伯父から聞きつけた大家さんがうちを訪ねてきて、こんなことを言われました。


 もしあんたが妹さんを引取るなら、もう少し広い借家があるからそこを安く貸してやる。今の調子なら、そのうち子どもも生まれるかもしれんから、早めに引っ越すのも手かもしれん。

 ただ、思春期の盛りの女子中学生の妹が、4歳違いの兄の夫婦宅から学校に通うのは、個人的にはなんか違和感がなあ・・・。


 大家さんの懸念が良くも悪くも的中するような事件が、ついに起こりました。

 くすのき学園にいる愛美に、この結婚が知られたのです。

 あれは確か、夏休みに入って間もない頃で、丁度、松田聖子の「青い珊瑚礁」が大ヒットしていましたね。

 その年の4月にくすのき学園を訪れて以降、3か月ほど、立寄る機会がなかった。

 便りがないのは元気な証拠だろうと思って、愛美のことは気になってはいたものの、特に連絡をとりませんでした。くすのき学園からも、特に連絡はなかった。

 7月下旬の、小中学校が夏休みの初め頃でした。私たちは、岡山まで出て西口の商店街で買い物をしていました。そのときたまたま、同じ学校の女子生徒と自転車に乗って出かけてきていた愛美の同級生を何人か見かけました。そのときは特に挨拶をしませんでしたが、一緒にいた子の一人がくすのき学園の子で、私と愛ちゃんが一緒に歩いているのを見たようです。その話は、たちまちのうちにくすのき学園に広まっていました。

 後に愛美が語った話では、あの時、同級の孝子が友だちと一緒に西口の商店街を自転車で走っていたら、お兄ちゃんと合田先生が一緒に歩いているのを見たって。それは瞬く間に保母さんたちに広まり、やがて稲田園長にも知られることになったと。でも、稲田園長は、特段の反応はされなかった。退職した保母と卒園した元児童が付合おうが結婚しようが、くすのき学園には何ら関知する権限はないというのが、その理由でした。

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