#47 ブラウンヘアは、お好き?

僕とクラスメート名越なごし彩美あやみのランチでの会話は、前回以上にプライベートっぽいノリになってきた。もしかして、これもデートの一種なのか?


「そう言えば、この会誌のイラストもそうだけど、ライトノベルに登場する女性って、金髪とか銀髪がとても多いようね」


名越が「ふゅーちゃー・うぇーぶ」を手にしながら、さりげなく話題転換する。「そう言えば」って何を指して「そう」なのかよく分からんが。


「あぁ。それってもはや、ラノベのお約束ごとみたいになっちまってるな。


ラブコメラノベが続々と量産されたせいで、いまや日本中に金髪や銀髪のハーフの女の子がはいて捨てるほどいることになってる。


実際には、外国人と日本人との混血の場合は、遺伝子学的に言って純粋なブロンドやプラチナヘアの子が生まれる可能性はゼロに近いんだがな。


生まれてくるのは、せいぜいブラウンヘアの子ってところだ。生まれてすぐは髪色が薄いからブロンドっぽく見えるようだけど、成長とともに濃い茶色になってしまう。それじゃあ、髪を染めた日本人とさして変わらない。


つまり僕ら日本男子が金髪銀髪ハーフの子とお付き合いするなんておおよそありえない話なんだが、ラノベの場合、しょせんフィクション、絵空事なんだからそれでもまったくオーケー、いやむしろそういう非現実設定こそ、読者の願望をそのまま実現しているから大歓迎されるんだ。


非日常の世界で、現実生活では決してかなわない願望を満たす。ラノベとはそういうものだよ、言ってしまえば。


だから、女性には『キモい』『バカみたい』と言われることになりやすい」


名越はその猫のように大きな目で、僕をじっと見つめて話を聞いている。いかにも真剣な表情だ。


そうして、口を開いた。


「そうね。一部の女子はあからさまにそう言ってバカにしているわね。それは間違いないわ。


でも女子だって、似たようなこと考えているわよね。女子向けのティーンズ小説とか、乙女ゲーとか、まさにそう。


ごく平凡な女子が、現実的には付き合うことの難しいハイスペック男子、それも複数の男子から想いを寄せられるなんて虫のいいことを妄想しているわけじゃない。


それじゃ男子からも『キモい』って言われても仕方がない。つまりはおあいこよ」


「うん。僕もそう思っている。男子だけが格別キモいわけではないってことさ」


「だから、わたしはラノベに出来るだけそういう偏見を持たないようにして読みたいと思っているわ。


でねモブくん、なんでこんな髪の色の話を始めたかというと、わたし、最近ちょっとだけショックなことがあったの」


「いったいどうしたのさ。聞かせてよ」


「わたし、実は先日、合コンに行ってきたのよ」


えっ、名越も合コンなんて行くの?


僕はそう聞き返したくなったが、あわててその願望を抑え込んだ。


ふだんは表情に乏しいとよくいわれる僕の目にも、その時ばかりは驚愕の感情があからさまに浮かんでいた、と思う。


それに気づいたのかどうか、名越はそのまま話を進めた。


「わたし、同じ学科に親しい子が何人かいるんだけど、知ってるよね?」


「僕も何度か見かけたことのある子たちだね、校舎内をきみと一緒に歩いてた」


「そう。彼女たちのうちのひとりに、『今度、帝都大の男子と合コンをやるから、来てくれない?』って誘われちゃったの」


「帝都大の男子と? 将来のエリート候補じゃないか。そりゃまたずいぶんとハイスペックな合コンだな」


「でも、実際に行ってみたら、本物の帝都大生はひとりだけで、あとは別々の大学というトホホなオチだったんだけどね。


で、わたしはそのお誘い、最初は遠慮したわ。


合コンって、過去にも誘いを断れずに2回くらい参加したことがあるけど、どれも後味の悪い結果に終わっているの。


もう下心見え見えの『お持ち帰り』が主目的のとか、話がまったく噛み合わなくて盛り上がりに欠けたのとか。


今回はどちらかと言えば、その後のほうになるんじゃないかという気がしたわ。


だって、帝都の男子って勉強ばかりしてきて、女子とはろくに話が出来ない人ばかりって感じじゃない?」


「おおむね、そういうイメージがあるかな。全部が全部じゃないだろうけど」


「わたしも、あまり先入観を持たないようにしようとは心がけているんだけど、過去の見聞から判断してそういう考えにならざるを得なかったの。


だから、一度は断ったわけ。


でもその友だちに『あやみーみたいな可愛い子が来てくれないと、男子が集まりそうにないのよ。お願いだから、助けて」なんてひどく泣きつかれちゃって。


結局わたしは人助けだと思って、合コンに参加することにしたわ」


それはいかにも名越らしい行動だなと、僕は感じた。


名越は僕のアルバイトの代打の件にしてもそうだったが、ひとの窮地を見過ごすことが出来ない、義侠心の極めて強いひとなのだ。


それにしても「あやみー」なんて仲間うちから呼ばれてるのかよ、名越。それって、フレンドリーな呼び方というよりは、なんかえらく軽い扱いのような気がする。まるでおバカキャラみたいだ。


「それから、実際に合コンに行って、なにがあったんだい?」


「それがね、女子4人で待ち合わせの店に行ったら、男子は帝都大のひとりを除いてみなバラバラの、私大の学生だったのね。


それはまぁいいとして、その3人が3人とも髪を茶髪とか金髪とかアッシュとかに染めてて、アクセもジャラジャラさせてて、見るからにチャラチャラした感じ。副業でホストとかやってそうだった。顔立ちはまあまあだったけど。


それに対して、帝都大の男子は対照的に短めのサッパリとした髪型で、もちろん染めていないし、顔立ちもわりとクラシックでキリッとしたひとだったわ。


正直言って帝都ならもっさりとしたオタクみたいな男子が来るんだろうなと覚悟していたから、『十分これなら合格点よ』って内心喜んだの、わたし。


他の女子も完全に『彼一択』って感じで、視線は帝都クンにロックオンよ。


思いのほか合コンが盛り上がってきて、いよいよ各人が理想の異性像について語ることになったの。


そのうち帝都クンの番が回ってきて、わたしたち女子の耳はダンボになったわ。


彼は、なんとこう言い切ったの。


『僕は、日本人として生まれたままの黒髪を保っている女性しか好きになれません。


身体髪膚はっぷこれを父母に受く。あえて毀傷きしょうせざるは孝の始めなりと、いにしえ孝経こうきょうにもあります。


今の世の中、自分以外の何者かになろうとして、無意味な現実逃避、無駄な自分探しに走る人たちが多すぎます。


日本人として生まれたことに誇りを持つことが出来ず、欧米人もどきの見かけを目指すことなどはその最たるものでしょう。


僕はその流れに、時代錯誤な行動だと分かっていても、あえて異を唱えたいのです。


僕はあるがままの自分の姿を大切にする女性しか、愛せそうにありません』


この言葉には、わたしたち女子の大半はシュンとならざるを得なかった。4人のうち髪を染めていないのは、ひとりだけだったからね。


4人中ただひとりの黒髪ストレート、仲間うちでは『地味子じみこ」的な扱いだったその子、野村のむらさんは、その時までは一座の空気と化していたけど、これで自信がついたようでにわかに形勢逆転、帝都クンに積極的にアプローチするようになりました。


今考えてみると、実におかしな取り合わせの合コンだったわ。帝都クンとほかの男子は、まるで水と油。合う要素なんか、ひとつもない。


結局、彼が出席すれば彼を目当ての女子が釣れるだろうという計算だけで呼ばれたのかも。


合コンが終わる頃には、帝都クンと野村さんはすでに公認カップルの様相を見せてたわ。彼女は将来のエリート候補を見事ゲットしたわけね。


このことで、わたしは二重の意味で敗北感を味わったわ。


自分で言うのもなんだけど、これまでわたしは参加した合コンでは一番人気だったの。


今回の主催者の子の『あやみーが来てくれないと』という言葉が単なるお世辞ではないと思ってしまうくらい、わたしは人寄せ効果のある子だと思い込んでた。


参加した男子の大半から連絡先を聞かれるという実績があったから。


しかし、今回はあっさりと負けた。


それも負けるはずがないと思っていたひとに、あっさりと負けてしまった。


そしてもうひとつ。


先週、モブくんにも話したよね、わたしが高校時代、今とは全然違うルックスだったってこと」


「うん、聞いたよ。髪は三つ編みにして、コンタクトじゃなくてメガネをかけていたってこと」


「そうよ。昔のわたしは、学園漫画によく登場する『堅物委員長』みたいな外見だったの。


でもそれは、いろいろと近所の目、世間の目がうるさい地方社会の中ではいたしかたなく装っている、わたしの仮の姿だった。


高校を卒業し、故郷を遠く離れた東京の大学に進むにあたって、わたしは過去の自分ときっぱりサヨナラしようと考えた。


その一番手っ取り早い手段が、黒髪を茶色に染め、メガネをはずすという行動だったというわけ。


これで過去の堅物のわたし、地味なわたし、野暮ったいわたしと決別出来る、そう思った。


実際、入学後もわたしの過去、地方出身者であることを見破れるひとはほとんどいなかった。


いわゆる内部進学者の子たちとも、違和感なくまじって行動できるようになった。


それも、都会風に変えたこの髪色や髪型のおかげだと思う。


でも今回、自ら選び取ったスタイル、自信を持って乗り換えたスタイルのために、思わぬ敗けを喫することになったのもたしか。


もちろん、今回の帝都クンとは付き合ってさえいないから、特にくやしいわけではないけれど、ちょっとだけ不安になったの。


もしわたしが本当に好きなひとが、実は女性の黒髪にとことん固執するひとだったとしたら、わたしはどうすればいいのだろう。


彼の好みにあわせて、自分の髪色をもとに戻すのがいいのだろうか。


それとも、あくまでも自分のスタイルを貫くために、そのひとのことを諦めるべきなんだろうか。


そして、この茶色の髪を好きと言ってくれる男性と付き合うべきなんだろうか。


どう思う、モブくん?」


名越に真剣な、熱気さえもはらんだ眼差しを向けられて、一瞬返答に詰まってしまった僕だった。(続く)

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