第4羽 カフェ、それは悪魔のように…

炸裂音と銃声。そして風切り音が響く中、アイシャ、フェリシア、ルドミラの三人は飛行していた。

前方を飛ぶルドミラがフェリシアに振り返り、何かを叫ぶ。

しかしその声はフェリシアには届かない。

『聞こえません!なんですか!?』

そう聞き返そうとするフェリシアだが、なぜか声が出ない。

次の瞬間、幾筋もの銃弾がルドミラとアイシャを貫いた。

二人の名を叫ぼうとするフェリシアだが、やはり声は出ない。

そして落ちていく二人を眺める事しか出来ないフェリシア。

その翼を凶弾が撃ち抜く。


「きゃああああ!?」

叫びながら飛び起きるフェリシア。

「あ…夢、か…」

悪夢が夢にすぎなかった事に胸を撫で下ろし、念のためアイシャとルドミラの姿を確認する。

アイシャはいつも通り寝息を立てており、一方ルドミラはというと、目をしっかりと開けてフェリシアを見つめていた。

「あ、ミルカさん…」

「どうしたの、悪い夢でも見た?」

「はい…すみません、起こしてしまって」

頷くフェリシアに、ルドミラは小さく溜息を吐く。

「いいわよ、別に。寝ようと思えばまた寝れるし。それよりアンタは大丈夫なの?」

「うーん、なんだか目が覚めちゃいました…」

もし先程の光景が蘇ったらとの恐怖から、フェリシアは寝ようなどと思えなかった。

ふと時計に目をやると、針は普段訓練に起きる一時間ほど前を指し示している。

「まだ早いですし、ミルカさんは寝ててください。私は適当に時間を潰してます」

「はぁ…新入りが、なに気を遣ってるのよ」

ルドミラが身体を起こす。

「ミルカさん…?」

「訓練に付き合ってあげる。身体を動かせば気も紛れるでしょ」

「え、でも…」

渋るフェリシアをよそに、ルドミラは身支度を整えていく。

「さぁ、行くわよ。特別にコーヒーも淹れてあげるわ」

「はい…コーヒー?」

ルドミラに言われるまま、フェリシアは身支度を整える。

部屋を出た二人が向かった先は食堂の片隅。

そこに置かれた湯沸かし器をルドミラは慣れた手つきで操作していく。

そして部屋から持ってきた袋から黒っぽい粉末を取り出し、マグに入れ、湯を注ぐ。

すると芳しい香りが辺りに漂い始める。

「いい匂いですね…なんだか気持ちが安らぎます」

「そう、匂いの再現は完璧なのよ。匂いは…」

「再現…?」

ルドミラの言葉に首を傾げるも、渡されたマグを手に取るフェリシア。

「コーヒーを飲んだ事はある?」

「いえ、これが初めてです」

ルドミラの問いかけに、フェリシアはマグの中の液体に目を向けたまま答える。

その焦げ茶色の液面には無数の泡が浮かび、湯気が絶え間無く登っている。

「そう…まぁいいわ。いただきましょう」

自分の分のマグを口に運ぶルドミラ。

フェリシアも続いてコーヒーを口に含むが、一瞬にして硬直する。

「うっ…。なんですか、これ…?苦くて、渋い…」

「…コーヒーよ。正確には、コーヒーを再現しようとしたものだけど」

フェリシアの感想に落胆してか、それとも『コーヒー』の味のせいか、暗い顔でルドミラは答える。

「あの、砂糖とかミルクとかは…」

「そんな贅沢なものはないわ」

「ですよね…」

作ってもらった手前流しに捨てるわけにもいかず、フェリシアはたっぷり時間をかけて『コーヒー』を飲み干すこととなった。



「ミルカのコーヒーを飲んだのか…どうだった?」

その後、朝の訓練を終えた二人は食堂でアイシャと合流していた。

「すごく苦くて、舌に残る渋味のある飲み物でした…」

「そうか…アレをどうやって作ったか知ってるか?」

無駄に深刻な表情を作り、問いかけるアイシャ。

「いえ、知らないです」

「良さげな植物の根っこを、よく煎って磨り潰すのよ」

ルドミラが水を差す。

「で、それをお湯に溶かすとコーヒーに苦味だけ似た黒く濁った何かが完成するわけだ」

「ちょっと、失礼ね」

口を尖らせるルドミラだが、アイシャは気にも留めない。

「アイシャさんはコーヒー飲んだことあるんですか?」

「んー、大分前になるけどな。確か戦争が始まる前のことだ」

アイシャは思い出すように虚空を見上げる。

「どんな味がするんですか?」

「ミルカが忘れられなくて、再現しようと試行錯誤を繰り返す味…かな?」

結局思い出せなかったのか、適当にはぐらかすアイシャ。

「いいでしょ、別に。人間が…あー、私達が人間なのかはともかく、人間が生きていくには何か楽しみが必要なのよ」

「はいはい、わかってるよ」

力説するも、アイシャにいなされたルドミラは力なく肩を下ろす。

「ミルカさんが忘れられないくらい美味しいなら、私も飲んでみたいですね」

「アンタいい子ね…もし現物が手に入ったら少しだけわけてあげるわ」

フェリシアの言葉に、ルドミラは表情を緩める。

「おっと、コーヒー教徒が増えちまった」

一瞬で表情を変えたルドミラが睨み付けると、アイシャは肩を竦めた。

「そうね、それまでは代用コーヒーで我慢して頂戴」

「あれは…ちょっと…」

「…」

もはや取りつく島もなく、ルドミラは黙り込んでしまった。



数日後。

フェリシアにとって二度目となる実戦は、彼女が予想するより早くにやってきた。

前回同様前線近くの詰め所に集められた少女達は前回同様簡潔…というには少々お粗末なブリーフィングを受けていた。

前回と違うのはフェリシアが質問をしなかった事と、彼女の手に短機関銃が握られている事、そしてヤヴリンスキーの「幸運を祈る」の口調が明るかった事だった。

「さて新入り、短機関銃の使い方は覚えているかしら?」

「はい、いよいよこれを使うんですね…」

手にする銃から伝わる重厚感が、それが人を殺す為の道具である事を伝えてくる。

もっともこの銃は短機関銃としては軽い部類で、実家の農具より軽いくらいなのだが。

「今回の目的は、それの取り扱いに慣れることよ。元々どうせ当たるもんじゃないし、適当でいいわ」

「もちろん、銃口がアタシ達に向かなければだけどな」

緊張を解そうとするルドミラに続けるように、アイシャが冗談を飛ばす。

「はは…善処します」

「お、新入りも冗談言うようになったかー」

「いや、ほんと頼むわよ…」

軽口を交えつつ、三人は戦場へと向かった。

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