6.

 

 それから、村石はなにかと僕に絡んでくるようになった。一緒の秘密を持った悪友程度に思ってくれているらしい。共通科目はもちろん、選択科目も僕に合わしてくる。そして毎回僕の後ろに座り、寝ている。講義が終わると僕からノートを借り、コピーして返してくる。あとはいびきが聞こえたら机を蹴って起こすのが僕の役割だ。

僕が一番後ろに座ればいいのだが、あまり目が良くないので一番後ろだと見え難いのだ。ただ、眼鏡が必要というほどでもない。無駄に講義室が広いのがいけないのだと思う。


 個人プレーの科目はいいとしても、コンビプレーのときは流石に困った。電子工学科は週に二度、実験科目があるのだ。「実験中はフォローできんぞ」というと、村石は大丈夫と言って胸を張る。その言葉通り、村石は実験中はマジメにやった。僕とペアを組むのは変わらないとしても、眠ることはなかった。実験は好きらしい。あとは体育。


「体を動かしてたいんだよな。ずっと座っているのは苦痛だ」


「講義中も腕を動かすじゃんか」


「あの程度、運動だって言ったら笑われるね」


 誰にだ? と思ったがきかないでおいた。


 実験中は真面目な村石だったが、レポートを書くのはやはり苦手なようだった。というか、やってこなかった。提出の前日あたりに泣きの電話なりメールなりが来て、僕のものをコピーしていく。それでなにも言われないのだから真面目にやっているほうはたまったもんじゃないが、僕は村石から過去問や過去レポをもらっているので持ちつ持たれつの関係なのだろう。


 言ってしまえば、僕だって、去年の先輩のレポートを丸写ししているようなものだ。一からちゃんと書いているやつなんてきっといない。


 迷惑ばかりかける村石だったが、こいつと友達をやっていてよかったと思うことは、過去問、過去レポをもらえることと、友達が増えたこと、あとは彼女ができたことだった。


 村石と関わりだしてから、声をかけられる回数が多くなった。あまり積極的に話しかけるタイプじゃないのでクラスで浮きがちな僕だったが、村石と友達にまってから「大変だな」と哀れみの言葉をかけられることがやたら多くなった。ほかの学科の奴らも言ってくる。最初は戸惑いがちな僕だったが、流石に何度も言われれば慣れてしまう。村石をネタに話せることも増え、そうするうちに付き合いだしたのが花絵だった。


 そこだけは、感謝しなければいけないな、と思っている。




「就職だっけ」


 村石は急に話題を切り替えた。


「まあね」


「とうとう俺たちも働くのかあ」


「……お前はまだ先の話だろ」


 村石は現在、3回生。単位が足りなくて留年している。それに確か院にいくと言っていた気がする。


「そんなもん、あっと言う間だよ」


「お前のことだから、気がついたら就職してそうだな」


 しかも大手。そんなイメージがある。


「三鍵も大手狙いだろ?」と言って村石はいくつか名前を上げるが、僕はそのすべてにかぶりを振った。


「中小狙い」


「なんでさ」


 村石は本当に驚いていた。


「大手なんて、最初から狙ってないよ。行けるわけないだろ、大手なんて。きっと優秀なやつが五万といる。その中で勝ち残るなんて無理。だから倍率の低い中小を攻めてんの」


「馬鹿だな、お前」


 いいか、と鼻を指される。


「大学生なんてもん、誰だって大差ないんだ。俺たちの目線で『こいつ凄いな』って思うのはテストの点がよかったり実験がうまかったりする奴だろ? そんなもん、社会に出てば埋もれちゃうもんだし、実際仕事にしてるやつからしてみればおままごとに等しい」


 履歴書だって、テストの点数を書く欄はないだろと言われて返答に困る。


 じゃあ、そんなもん大切じゃないんだと村石は言った。


「行けると思うけどな、お前は大手に」


「参考にしてみるよ」


「参考って、逆に見ると降参だな」


 高三に変換されてしまったが、すぐに違うとわかった。


「真逆って言いたいのか?」


「良く似てるって言いたい」


 首をかしげたが、村石はそこで完結したようだった。


「中小狙いはうまくいってんの?」


 胃の辺りが重くなった。「行ってたらお前に奢ってくれの一言でも言ってるよ」


「中小は選ぶ人数少ないからな。倍率は低いかもしれんが、その分競争率は高いかもな」


「大手は?」


「取る人数も多ければ、受ける人数も多い。多少の個性は紛れて埋もれて、わからなくなるよ」


 確かに、言われてみればその通りかもしれない。中小といえども、説明会には100人以上いることも珍しくない。その一人一人はもちろん異なっているが、二三回あっただけでそれを見極めるのは困難だろう。僕の強みも、面接官からしてみれば何度言われたかわからないありふれたものであるかもしれない。


「そう思うと、ますます大手は行きにくいな」


「紛れ込んでラッキー狙いもあるな」


 就職にそれはあるのか?


「俺たちの大学はそこそこ良いんだから、ありえなくはないだろ」


 村石は言った。その通りだった。


「エントリーシートも通るんだろ?」


「落とされたことはないな。いいことかわからんけど」


 ほとんど面接につながるから、厄介ということもある。


「実際に会社に行かなくちゃいけないから、交通費がかさむ」


「贅沢な悩みだ。面接まで行けないやつがたくさんいるのに」


「わかってる」


 わかってるけど、そのあとに三点リーダーが続いてしまうのだ。


「就職のために留年もありえるかもな」


 村石の言い方は変に聞こえるが、十分に考えられる。『新卒』。この称号を消さないために留年するということだ。


「そうなると俺と同じだな!」


 なにを嬉しそうに。


「お前はちゃんと上に上がれるんだろうな」


「大丈夫。俺も学んだ。最近、学生課の人と仲良くしてんだ」


「……それが?」


「単位が足りてるかどうか、チェックしてもらえる」


「……馬鹿か。お前」


 もしかしたら、今年も留年かもしれない。それを考えると頭が痛くなり、同時に少し羨ましかった。


 留年しとけばよかった、なんて、そんなしょうもないことを考えてしまう。


 だいぶ参ってしまっているようだ。


「なあ……携帯、鳴ってね?」


 村石が言って、右ポケットのあたりがくすぐったいことに気がつく。「ああ、ほんとだ」と言った瞬間に切れてしまった。


「彼女からか?」


 携帯を出さないのを見て不思議に思ったらしい。そんなもん、と答えておく。


 花絵に教えているのは、スマホの番号だけだ。そっちはマナーモードにしていない。電話もメールも、ラインだって着信が鳴る。


 だから、これは違う。


 これは、違う。


「そろそろ帰るわ。じゃあな」


「おう。就職決まれば教えろよ。大学中に言い回ってやるから」


「やめろ」


 ほんとにやめろ。実行しそうで、怖いんだから。





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