-26 一端

 本当にそれほど奇麗な場所ではなく、短い廊下と広い部屋が一つ、物置のような部屋がいくつかあるだけの住居だった。広い部屋に四人が集まり、小さな机を囲って座る。

 まず初めに、ティルノアに促されるままカイトとサモティはこれまでの経緯を全て話した。



「……なるほど。ということは、今のカイトさんはこの世界の生き物が絶滅しない限り死なないのと同時に、世界の生き物を全て足し合した力をその身に宿しているということですね」


「あまり驚かないんだな」


「あなたが神の記憶で見た通り、私は神器の力を自分の目で見ています。それがどれだけ強力で、どれだけ争いごとを生むのかも知っている。私の知る限り、神器を身に宿してからその力を意識できるようになるまで少なくとも二十年はかかります。サモティさんはまだ神器が馴染んでいないのでしょうね。まぁ、カイトさんは馴染む前に全てを終わらせるつもりみたいですけれど」


「不老不死の身としてこの世界に縛り付けられるのは避けたい。可能な限り早く神様の復活を成し遂げたいんだ」


「だからもう一つの神器の場所を求めて、ここに来たと言う訳ですね。私としては、この集落の外で何が起ころうとも気にするつもりはありません。だから、私の知っている可能性の話は包み隠さず話します。先に結論から言うと、おおよその場所の目星は付きます。確信は無いですけどね」


「僕は元々目星すら無かった。確信が無くても構わない。少しでも可能性があるのであれば、教えて欲しい」


「分かりました」



 ティルノアはそう答えると、一度咳払いをしてから言葉を続けた。



「前回の時も人間は神にステータスを操作する術を望み、人間の元に一つの神器が授けられました。そして、その百年後に神器に適応したものが現れたのです。その人物は神器と共鳴すると同時に他の神器の場所を感じ取れるようになり、神器が全てで三つ存在していることを知りました。初めに神器を身に宿した人物は、もう一つの神器を宿した者を仲間に加えて人間を打倒したのです。神は復活し、神器も神の住まう世界である神界へと戻っていった。――はずでした」


「はず? どういうことだ?」


「私たちが神器の存在に気が付いたとき、もうどうしようもないと思える程に人間たちは強く、多くなっていたのです。神器を使ってその状況を打開するための準備だけで、私たちは数百年を費やしました。普通の生き物はそんなに長い時を生きる事は出来ません。神器を宿した者は何度も代替わりをすることになったのです。ただし、初めに神器を宿した者は代替わりをしなかった。その者はハイエルフという類稀なる種族であり、他の生き物には永遠と思えるほどの時を生きることが出来たからです。そして、そのハイエルフは神器をあまりに長い間体に宿してしまった。神器が神界へ戻っても尚、神の力の一端が体に宿ったままだったのです」



 ここまで詳しい話を初めて聞いたニミアは、驚きの表情でティルノアに問いかける。



「まさか、それはティルノア様の事なのですか……?」


「そうですよ。神器は全てで三つ。今は人間の手にある生き物のステータスを変更することのできる『転変の剣』、サモティさんが宿している無から有を作り出す『創造の勾玉』、そして私が以前宿していた全てを見通すことのできる『天眼の鏡』です。名前は私たちが勝手につけただけなので、本当の所は知りませんけどね」


「じゃあ、私が神器の力を使えるようになれば何でも好きなものを作れるという事?」


「そうです。それこそ、この世界に存在していない生き物を作り出すことだって出来ます。その辺りは宿主の裁量によるみたいなので、サモティさん次第だと思いますけどね。サモティさんの中にある神器を見る限り、力を使うのとはあまりに程遠い状態みたいです。神器の存在さえ、まだ自覚できていないのではないですか?」


「うん。まだ全然分からない。カイトに神器が宿っていると言われて信じているけど、実感したことは一度もないよ」


「凄いな、見ただけで神器を宿しているかどうかが分かるのか」


「今の私に出来るのは、視界に捉えた物や生き物の情報を少し読み取る事だけです。神器を身に宿していた時は、目を閉じていても周囲の情報が流れ込んできていたのですけどね。それこそ、顔も名前も知らない者の深層心理まで見えていました。本来の神器の力からすれば本当に一端にすぎませんが、それでも神界から神器が落ちてきた時はその存在を感じ取ることが出来ました。私の感覚が正しければあなたたちの探し物はここから南東、恐らく山を一つ越えた先にある湖のあたりでしょう」


「それだけ情報を貰えれば十分だ。ありがとう、世話になったな」



 そう言って立ち上がろうとするカイトを、ティルノアは「もう一つだけ」と言って引き留める。



「恐らく、サモティさんは私たちが屍食族と呼ぶ分類ではありません。いくら強いと言えど、生まれて間もない赤子が大人を、それも武装した者を殺してしまうなど不可能です。それに、飢餓状態でもないのにあの男に傷を付けるのも屍食族だとしたらあり得ない事です。私がエルフと言う種族の上位互換のような存在であるように、恐らくサモティさんは屍食族の上位互換にあたる存在なのでしょう。もしかしたらこの先、何百年、何千年と長生きするようなこともあるかもしれません」



 ティルノアは、主にサモティに向かって言葉を続ける。



「この集落の外ではサモティさんを含め、私たちのような者は異形として苦しい状況を強いられます。あなたさえよければ、全てが終わった後ここで暮らしませんか?」



 サモティはティルノアではなく、カイトの方を見る。



「カイトはどうするの?」


「さあ、考えてないな。そもそも、その時に僕が生きているかどうかも怪しい。言っただろう? 僕は一度死んでいるんだ。オワリノミズウミの力が神界の復活と同時に消えるのであれば、そのまま死ぬかもしれない。ま、もしも生きていればその時に考えるよ」


「そっか……」



 サモティは不安そうな表情を一瞬浮かべてから、ティルノアの方を見る。



「じゃあ、私もその時に考える。でも、私が生きていても迷惑を掛けなくていい場所があるのなら、私はそこで過ごしたい」


「サモティさんならいつでも歓迎しますよ。勿論、カイトさんもね。あなたたちであればここで暮らすことにそれ程苦を感じないでしょうし、他の方も受け入れてくれるでしょうから。それと、出発するのならあと数日はここに留まることをお勧めしますよ」


「何かあるの?」


「この先数日間は大雨です。この周辺の道は整備されていません。カイトさんはともかく、サモティさんは危ないと思いますよ」



 そう言われ、カイトとサモティはティルノアの言葉に甘えることにした。

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