-25 方針

 何事も無かったかのように、カイトはニミアに話しかける。



「ニミア、隣にいるのがハイエルフのティルノアって人?」


「そうですけど……。あの、どういう状況ですか?」



 カイトがサモティの方に視線を向けると同時に、周囲の視線もサモティに集まる。サモティは男の悲鳴を背景に、自信満々の笑みで答える。



「カイトを殺そうとした人がいたから、もう戦えないようにした」



 それに答えたのは、後ろで悲鳴を上げていた男だった。苦悶と怒りの表情を浮かべながら、サモティを睨みつける。



「結局俺は何もしなかっただろうが……」


「でも私がティルノアって人を殺そうとしたら、あなた達だってそうするでしょう?」



 何も答えない男に代わり、ティルノアがサモティの言葉に答える。



「そうでしょうね。今しがたあなたたちを襲った者は感情の起伏が激しい方ですから。ただ、この集落には例えどんな理由があったとしても命を奪ってはならないという決まりがあります。少なくともここにいる間は、それに従ってもらいたいですね。あなたたちが私の助力が必要ないと言うのならば話は別ですが」



 ニタニタと笑う男を見て、サモティは頬を膨らませる。



「うぅ……。でもルールは守らないと……。ごめんカイト、やり過ぎちゃった……」


「別にいいよ、結果死んでないし。殺さなければいいってことだから、手足ぐらいはいどいてもいいかもね」


「そっか、死にさえしなければ何をしてもいいんだね!」



 自信に満ちた笑みを浮かべて歩き出すサモティを、ティルノアが止める。



「お待ちなさい、その必要はありません」


「……それもルール?」



 安堵の表情を浮かべていた男だったが、次の言葉で元の表情に戻る。



「手足を捥いではいけないと言うルールなどありません。ただ、必要ないと言っているのです。皆を守るルールが存在しているのと同時に、不埒者に罰を与えるルールも存在しています。そこに倒れている方の所業を鑑みると、その中でも最も重い罰が最適なようです。幸い証人は沢山いるようなので、彼ら彼女らにも聞いてみましょう。――反対意見のある者はいますか?」



 全く反応が無いことに、男の脂汗は加速度的に増えていく。



「お、お待ちください! 俺はあなたに拾ってもらってようやく安寧の地を見つけたのです!」


「ここはあなたのための安寧の地ではなく、同じ志を持つ者が集まる場所です」


「大体人間に恨みを持っている者も俺だけでは――」


「だからと言って、人間であればとにかく殺すというのは私たちの方針とは異なります。あなたをここに招き入れた時にも言ったはずです。ここで暮らしていいのは『他人を考え方以外の理由で差別しない者』だけだと」


「そ、それだったらそこにいる人間の考え方は俺たちとは全く異なるはずだ! 俺はこの地にふさわしくない者を消そうとしただけだ!」


「そうですね。もしかしたらここにいる方の考え方は私たちとは異なるかもしれない」


「だったら――」


「しかし、私はこの方がどういう考え方をしているのかをまだ知らない。けれど、あなたの考え方が私たちと異なっていることは今分かりました。あなたはこの方が人間だと言う理由だけで襲い掛かったのでしょう?」



 男を覆いつくす魔法陣が地面に展開される。ニミアに手招きされ、カイトとサモティはその魔法陣の外に出た。



「あなたはこの地にふさわしくない」


「待ってくれ! 俺はただ――」


「『転移魔法:乱数転移』」



 ティルノアが両手をパンと合わせると同時に、男と魔法陣は霧散した。

 それを見て、サモティは首を傾げる。



「ねぇ、私はダメだけどティルノア様は殺してもいいの?」


「殺していませんよ。ただ、遠い場所に移動させただけです」


「ここ以外に五大種族以外の種族が暮らせる場所ってあるの?」


「確率としては無い方が高いでしょうね」


「……それ、殺すのと何が違うの?」


「自分の正義を守れるかどうかです。私はね、生まれながらに持っているもので他人を差別したくないし、それを理由に蛮行に走るようなことはしたくないのです。あの男がこの後どうなるのかは分かりませんが、少なくとも私が直接手を下すようなことはしていない。そう言うことにしておかないと、私は心の平穏を保てないのです。――さて、では改めて。ニミア達を救ってくださり、感謝します。私はこの集落の長であるティルノアです。私から話が聞きたいのですよね? あまり奇麗なところではないですが、話はこちらでしましょうか」



 そう言うと、ティルノアは自分の住居へと入っていった。

 自分も体を半分中に入れてから、ニミアはカイト達の方を振り返る。



「信頼してもらえるか分かりませんが、罠とかはないので安心してください」


「このために来たんだから、信頼しててもしてなくても付いていく。行こう、サモティ」


「うん」



 カイトとサモティはニミアに続いて、ティルノアの住居へと入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る