第4話:理由は上手くコトバにならないけれど

「ねぇ、貴樹。なんで私をこの場所に連れてきたの?」


 物事の原因を明確に特定することが叶わないように、物事の理由を正確に言葉にしていくことは難しい。


「君には話しておかなければいけないと思って……」


 田堵江波海岸の砂浜を歩く貴樹と琴美の背に、夏の強い日差しが降りそそぐ。沖の灯台へと続いていく何本もの電柱に、穏やかな波が打ち寄せていく。その穏やかさは荒ぶる自然脅威の一種でもある。


「うん」


 海面は淡い色彩を放ちつつも、空の強い青さに抗おうとするかのように光を反射していた。物理的な光の波長にかかわらず、とかく人間が経験してしまう色彩現象というものがある。そういう意味では、ゲーテはニュートンよりも科学者であったのかもしれない。


「この砂浜で、中学の時に付き合っていた女の子が死んだんだ」


「……こんな穏やかな海なのに」


 あの日は台風が接近中だったにもかかわらず、夕方まで晴れ渡っていた。今考えればおかしな天気だ。夜になって暴風雨となったけれども、由香里は自宅に戻らなかった。嵐の中、警察や学校関係者を中心に賢明な捜索作業が行われたが、明け方になって、砂浜に打ち上げられている彼女の姿を佐伯雅也が見つけた。


■□■

 貴樹はそのまま琴美を家まで送った後、自宅に戻る途中で偶然にも佐伯雅也に会った。


「なあ、なんで由香里は夏になるとあの神社に現れるのだろう」


 住宅街の真ん中にある小さな公園に立ち寄った二人は、夕暮れ色に染まる空のもとでベンチに腰かけていた。


「さあ……」


「死んだ人間がこの世に現れるって、普通に考えれば幽霊とか、そういう怖い話だろう? でも、彼女と会っても怖いとか、そういう感覚はないんだ。由香里が生きていた頃と何も変わらない。ただ彼女には記憶というものがない。ない、というと少し違うかもしれないけれど。あるいは、薄いと言うべきなのかな。僕という存在と、自分が死んでしまったこと以外に彼女が覚えていることは少ない」


「記憶がない?」


「何かやり残したことがあるんじゃないだろうか。そう思ってきたけれど、彼女自身が覚えていないんだよ」


「やり残したこと……」


 せわしく鳴いていたアブラゼミの声は、いつの間にかヒグラシのもの悲しい鳴き声に変わっていた。やがて闇夜に夏虫たちが歌いだすことだろう。


■□■

 翌日、河野貴樹は田堵江波神社の境内に向かった。ゆっくり石段を登り、いつものようにベンチに腰かけていると、程なくして彼女は現れる。


「昨日、あの場所に行ってきたよ」


「あの場所って?」


「君が世界から消えてしまった場所さ。田堵江波海岸の砂浜。台風の日に、なんだってあんな場所へ行ったんだい?」


「砂浜……。私そこで何をしていたのだろう」


「君が毎年夏にここに現れる理由を考えていたんだ。何かやり残したことがあるんじゃないかって」


「やり残したこと……。海岸の風景。それは、君に見せたい何か……かもしれない」


「見せたい? もしかして、由香里、それは写真か? 君は、あの場所で写真を撮っていたのか?」


「分からないよ……。どうしたって、何も思い出せない……」

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