掴む


 糸のようなものが伸びていた。

 ようなもの、という言い方をしたのは、私の手の容易に届く範囲で揺蕩っていたそれが、糸よりは太く、紐よりは細いというような微妙な加減をした、やはり糸のようなものだったからだ。

 糸のようなものは、たまに水飴のように透けた。とろみを帯びて、くねって、ときには予測不能な動きをする虫みたいに、留まったり、急にたわんだり、或いは張ったりした。

 私は好奇心旺盛な赤ちゃんみたいに、糸のようなものをぎゅっと握った。

 途端、祭りのぞめきが聞こえてきた。ううん、というより、私のカラダの内に響いた。騒きの音はまるで蓋を閉めたバスタブの中のように籠っていた。私自身が蓋だったのだ。私にあの懐かしい町が内在していて、私の思うように騒いていた。

 初めは心地よく耳を澄ませていたのだけれど、次第に騒きの音は、修理に出されるのを待つラジオみたいにノイズがかかりだした。私は眉をひそめた。そして、微かに傷の入ったお椀に御御御付おみおつけを注いだ時のような、きゅぅぅ、という音が幾つか、たんたんと間をおいて響いてきた。

 私は無性に気になって、よぅく注意して耳を澄ませた。

 胸がざわざわしていた。夢の中で、私は酷い頭痛に襲われていた。

 やがて、きゅぅぅ、という音は、ひとびとの悲鳴なんだと気づいた。私は昼下がりのロードショーで流れていた安っぽい外国の映画が思いがけず怖かったときみたいに、ぱっと糸のようなものを離して、それから慌てて掴もうとした。

 しかし、糸は揺蕩い、私の手の届く範囲から遠く離れた。


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