第37話 封印

「は……初めまして、リリーと申します」


「これは……王女陛下、お初お目に掛ります。アクイラと申します。こちらは妻のカリーナです」


「リリーとお呼び下さい。スピカさんには大変お世話になっております」


やっぱり兎が妻。

……ひょっとしたら、兎に姿を変えられたとかかも知れない。

ルシフはそう言い聞かせる。


一同、紹介を済ませ、居間へと移動。

そこで、改めて話をして。


「勇者の死……かい。せっかく足を運んでくれたのに、すまないね。何も情報は持っていないよ」


「あれ、でもお父さん……この前聞いた時は、何か知っている様子だったよね?」


スピカが小首を傾げ、


「娘の前で、見栄を張りたかっただけだよ。すまないね」


アクイラが苦笑し、


「クラテス王の口止め、貴方にも来ましたか」


シリウスがぽつりと問う。


「……そこまで分かっているのかい」


アクイラが目を見開く。

口止め?!


「いえ、ただのかまかけですよ」


アクイラがバツが悪そうにする。


「お父さん?!」


「すまないスピカ……この事からは手を引きなさい」


何故たかが1人の死に、ここまで大事になっているんだ?

ルシフは胡乱げな目になる。


こうなったら……


「仕方が無い。少し遠いが……姉弟子に話を聞こう。ちょっとした旅行になるが」


ルピナスの親父さんも、同じ状況の可能性がある。

それに、巻き込めば迷惑をかける可能性もある。


ルシフの姉弟子も、祖母も、王家に服従を誓う立場では無い。

圧力も掛らない筈だ。


「遠いから、自由参加にして…・・行きたい人だけで行こう。一応、名産品や温泉もあるぞ」


「……アカネア様に挨拶しなければ……」


リリーが決意に燃える。

王族として、1度挨拶に行く、慣習だったか。

領主は決められているらしいが、王は義務は無い筈。

まあ、現王は挨拶に行ったらしいけど。

就任前に行かなくても良いと思うんだが……ルシフは思う。


結局、全員参加する事になった。

ルピナスは久々の里帰り。

他の面子も、ルシフの故郷には興味があったのだ。


--


「ひひ……これはこれは、お久しぶりでございますな」


「ご無沙汰しております」


「あの若かった子供が、立派になって……名君ぶり、こちらにも伝わっていますぞ」


「老いさらばえてお恥ずかしい……アカネア様は、相変わらず、若々しく美しい」


1人は、クラテス。

1人は、アカネア。


以前挨拶に伺った時は、クラテスはまだ30前。

まさか、90を数えようという年齢まで王位にあるとは、思ってもいなかった。

全ての計算違いは……勇者リオンの死。


アカネアは魔女。

齢1000年を超えるその姿は……40手前の夫人のもの。

60年の歳月が、彼我の齢を逆転させていた。


秘術を用いて、馬車で数日掛かる距離を縮め……クラテスは、アカネアの家へと訪れた。

呪われた過去に蓋をする……その為に。


「して、何の用じゃな?坊の事かの?」


「いえ、ルシフ殿は聡明、特に問題は……此度の御願いは、私事に関する事……」


「ほう……?一国の王が、魔女に願い、とな?」


魔女への願い。

相応の対価を要求される。

しかもアカネアは裕福……金銭では難しい可能性がある。


もっとも、一般的な魔女とは違い、人民に溶け込んだ存在。

身分の低い者、救いを求める者には、意外と寛容。

ルシフが転入するきっかけとなった、ディアナの母親の治療……あれも、過度の対価は要求していない。


「アカネア様、私は外しましょうか?」


アカネアの姉弟子、リリンが尋ねる。


「いえ、貴方様にも聞いて頂きたい……悪夢の王よ」


リリンの目が光る。


「……賢人クラテス……か。風評に劣らぬ聡さよの」


図るような声音で、リリンが言う。


「して、要件は?」


アカネアの問いに。

クラテスは語り始めた。


全てを。

そして……懇願を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る