第28話 禁忌

「此処の箇所なんですが……」


声を潜め、ディアナが言う。


「うむ……」


頷くが、内容は頭に入ってこない。


何ですかこの状況は……?


リブラは、目を白黒させる。


リブラは椅子に座り、その上にディアナが座って、本をめくる。

……また、何かの発作……?

何かの病気とか、呪いとかかも知れない。

だが……


ディアナは柔らかいし、良い匂いだし、温いし……

良くないとは分かっていても、役得を感じてしまう。


「だが……それだと……」


「んん……」


耳元で囁いてしまった為だろう。

ディアナがびくり、と身体を震わせる。


というか、適当に相づちを打っただけで、全く中身が無い。

絶対変に思われているだろう。

リブラの邪な気持ちも、見抜かれている……


初日に比べ、殺害欲、食欲……そういった物は大分抑えられた。

だが、その魂を──その身体を、汚したい……そんな気持ちは強くなる一方。


自分を抑えられている自信はあったのに……

ここ数日で、大分揺らいでしまった。


この純粋な娘を……この娘の信頼を……裏切る訳にはいかない。

だから……


「別の資料も検討した方が良さそうだ」


とにかくこの状況から離れなければ。


「いえ、しかしこの記述は見るべき物が」


恐らくその意見は正しいのは分かるが、リブラにはその文言が全く頭に入ってこない。


落ち着け……冷静に……


リブラは、これまでの人生で経験した事がないくらい、心を静めようと努力した。



一方──



この記述に見るべき物がって何いいいい?!


ディアナは、涙目で心の中で絶叫する。

この状況を続けたくて、つい適当な事を言ってしまった。

明らかに的外れな言葉。


だが、優しいリブラは、それを疑いもせず、何か意味を見いだそうと見てくれていて。

本当に……自分は何をしているのか。


こんな筈では無かった。

つい魔が差して……後に引けなくなって……


リブラの体温が、伝わり……

じっとりと汗ばんだ身体……リブラが気付いていない訳が無い。

鼓動が、小動物の様に脈打ち。

どんどん体温が上昇している気がする。

顔も真っ赤になっているだろう。


完全に病気だ……


「「あっ」」


ページをめくろうとした手が、リブラとぶつかり。


……


そのまま、手を止め、触れ合ったまま……


「……ディアナ……さん?」


「すみません発作が……少しこのままで……」


発作って何いいいいい?!

ディアナは、自分で自分につっこむ。


もう駄目、こんなの、日常生活を送れない……


--


「お……おい、ルピナス殿……?」


シリウスは、怯えすら滲ませる声で、問いかける。


王宮。

通常、賤混者ハーフは近づけない場所。


城門を易々と越え、城内にまで入り……

シリウスは、今日まで築いてきた常識が、ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえる。


無論、それは周囲の兵士も同様だ。

困惑。


本来であれば、敵意すら持ってシリウスに迫り、これを排除したであろう。

だが、横にいるルピナスは、王のお気に入り……

下手に動けない。


「大丈夫ですよ。私、こう見えて、王様と知り合いなんです!」


「いや……ルピナス殿が、王に懇意を賜っているのは存じているが……」


シリウスは目を白黒させ。


そして……


賤混者ハーフ未踏の地、王のお気に入りの庭園にまで、足を踏み入れてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る