第21話 全知なる賢人

ロマニア王、クラテス。

息子である勇者による魔王討伐……そしてその前から、40年を超えて王座にある者。

賢王であり……賢人とも呼ばれる。

性格は温厚、民思いで、戦争の名手でもある。

完璧を絵に描いた様な王。


昼食の席。

リリーとクラテス……親族だけの、水入らずの場。


リリーは、クラテスが慌てた所を、見た事が無い。

いや、リリー以外の者にとってもそうだろう。

上に立つ者は常に冷静であれ、それを心に定めているのか。


人々は噂する。

賢人クラテスは、全知である、と。


「お祖父様、学園に、面白い転校生が来ましたの」


「ほう、どんな者かね?」


クラテスが、柔和な笑みで尋ねる。


もしリリーが、ルシフに嫁入りしたい、と言えば、どうなるだろうか?

反対される筈だ。

だが、夢想する。

案外、それも知っていたかの様に、冷静に受け止めるのではないかと。


まだ早い。


ルシフに対する恋心は告げず……代わりにリリーは、笑い話をする事にした。


「優秀な人なのですが、抜けている所もあって──」


リリーには、友達と駄弁った経験はなかった。

だから──部活での経験は、凄く魅力的な体験だったのだ。


「勇者は魔王に勝利し、無事に帰途についた、と」



ぶほおっ


クラテスが、飲んでいた紅茶を吹き出す。


「お祖父様?!」


「ぶほっ……げほげほ……ごほ……」


ええええ……


恐らく、有り得なさ過ぎてむせただけだとは思うが。

それでも、クラテスが冷静でなかった事など経験になく、あたかもそれが真実で虚を突かれたかのような……


「ごほ……すまない、むせたようだ。その……紅茶がちょっと、想像よりスパイシーだったのでね」


確かに、紅茶に意図せず香辛料等が混ぜられていれば、むせるのも分かるけれど。

さっきまで普通に飲んでましたよね……?

リリーが、唖然とする。


「そう……メイドが悪戯でもしたのでしょうか」


そんな悪戯、打ち首ものである。


リリーは、目を伏せ、


「勇者は魔王に勝利し、無事に帰途についた。勇者は帰途の途中で、王家にとって公開できない理由により死亡。王家は事実を隠蔽する為に勇者が魔王と相討ちになったと発表。その後のハーレム法はこの事件に関係する」


クラテスが目を見開き──いや、青くなり、リリーを見る。


「お祖父様……?」


数瞬の後、


ごほん


クラテスは咳払いをすると、


「リリーよ。王家を疑う様な発言は、いかな冗談とは言え、許されるものではない。そなたがそんな事をしては、他の者に示しがつかぬ……くれぐれも、余所でその様な創話、すべきではないぞ?」


厳かにそう言った。

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