ひとをくらうばけものとばけものをだますもの

 ここは富士山の麓にある、とてもとても古いお寺。

 もう何百年も前に作られたのであちこちぼろぼろですが、本堂だけはまるで新築の様に綺麗なお寺です。


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 今の季節は春。

 春陽の差し込むお堂に、お寺とは少々雰囲気の合わない機械音声が流れました。

 音の出所はお堂の真ん中の座布団の上。

 まるで眠る様に座禅を組んでいる、一つの人影があります。


ギシッ ギシッ ガラガラガラ


「今日は花を持ってきたぞ」


 静けさの戻ったお堂に、今度は床が軋む音と、お堂の戸が開けられる音と、大きくも優しい男性の声が順番に響きました。

 開け放たれた戸の向こうに居るのは、大量の瑠璃唐綿るりとうわたを抱えた大きな怪物。

 彼はこのお寺に毎日贈り物を持って来ている怪物です。今日の贈り物は瑠璃唐綿るりとうわたなのでしょう。青くて星型をした小さな花です。


「どうだ、お前の瞳の様に美しい花だ」


 怪物は人影の返事を待たずに鎌首を垂れさせながらお堂の中に入ると、 ヌッ とした動きで人影に近付き、 ソッ と瑠璃唐綿るりとうわたを周りに添えました。


「私の瞳の様かは分かりませんが、綺麗なお花ですね」


 人影は少しだけ開けた目を動かし、自分の周りに置かれた花を見て呟きます。


「なんだ、起きていたのか。今日は調子が良さそうだな。安心したぞ」

「ええ、お陰様です」


 それを聞いた怪物はやや驚きながらも優しい声をかけ、人影もそれに応えました。

 二者の間には緩やかな時が流れています。

 静けさのあるお堂と相まり、まるで時が止まったかの様に感じられました。







「貴方に、謝らねばならない事があります」


 短い様な長い様な沈黙の後、人影がぽつりと呟きました。


「どうした? 今日は364日目だ。約束の期日は明日だぞ?」


 怪物はそれを聞き、お堂の隅で寝そべりながら答えました。

 怪物はいつも、お寺にやってきてはお堂の隅で寝そべるのです。

 最初はそのまま床の上に寝そべっていたのですが、今では用意された布の上に収まる様に、少し縮こまって寝そべっています。


「ええ、明日になる前に貴方に話さなければなりません。我が儘ですが、聞いていただけないでしょうか?」

「良いぞ。お前からの我が儘は初めてじゃないか。我に何でも言うが良い」

「ありがとうございます」


 怪物は『良いぞ』と答えると、 ググッ と首を伸ばし、正面から人影を見据えます。

 怪物の目の前に居る人影は、怪物がこの世で最も純粋な人間だと思った相手です。

 怪物が思わず求婚し、その返答を得る為に364日も通い詰めた最愛の人。

 しかし、実際に怪物の瞳に映っているのは、今にも泣きだしそうな顔をした、一体の壊れたロボットだけ。


「私は…人間ではありません。人間が滅びる前に作り出された、この星の文明の歴史を残す為の、記録管理用の……ロボットです」

「ほぅ…」


 ロボットの言葉に怪物は目を細め、短い息を吐いて反応しました。


「貴方が求めている人間は、既に滅んでしまったのです……私は…私は、貴方の求めている人間ではありません……ごめんなさい。今まで貴方を騙していて、本当にごめんなさい……」

「………」


 ロボットは怪物に謝ります。

 怪物はそれを、黙ったまま聞いています。


「そして…私は、明日を迎えられません。私の体は既に稼働限界を超えています……今日の為に、体中の回路を閉鎖し、管理すべき記録を消去し、一か八かに賭けて再起動を試みました……再起動は成功しましたが、最早頭以外動かすことも出来ません……今日が終われば私は動かなくなるでしょう……365日目に返答を出すという、あなたとの約束も守れません……」

「………」


 ロボットは自分が動けるうちに全てを伝えようと、若干の早口になります。

 怪物は何も言わず、ただ、ロボットの話に耳を傾けています。


「私は貴方を騙していました…人間ではなく、先も長くないと分かっていながら、貴方の時間を無駄に消費させ、覚悟を踏みにじりました……私は最低の存在です……貴方が私に相応しいかなんて判断する必要はありません…私が貴方に相応しくないのです……私は、貴方とつがいになる資格がありません……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ロボットが思いの丈を伝えると、 ノソリ と怪物が動きました。

 お堂の隅で寝そべっていた体を動かし、伸ばしていた首を戻し、体ごとロボットと正面から対峙します。


「何を馬鹿な事を言っている。お前は人間じゃないか」


 そして、とても優しい声でロボットに話しかけました。


「……私はロボットなのですよ? 機械で出来ているのですよ? 貴方が求めている人間とは違うのです。私は貴方を騙していたのです!」


 ロボットは自分を人間だと言う怪物の言葉に、思わず語気を強めて返します。

 先程の話は長すぎて怪物に上手く伝わらなかったのかもしれないと考え、端的に事実を並べて叫びます。


「ああ、最初から知っていたとも。その上で言おう。お前は人間だ」

「何をっ!」


 しかし、怪物はロボットの鎮痛な叫びなど気にせぬかの如く、優しい口調のまま続けます。


「自己の利益の為に他者を利用し、欺き、互いに納得の上で交わした筈の契約を自己の都合で勝手に違え正当化する。こんな自分勝手な存在が人間以外に居ると思うのか? 我はそんな事はせぬ。動物もそうだ。お前がした事は人間だけが行う行為だ」

「そ、それは…申し訳ありません……許されない行為だと思っています……」


 怪物の余りの物言いに、ロボットは心配になりました。

 勝手に自分が罪を告白し謝罪を行いましたが、その行為自体が怪物を怒らせたのではないかと。余計なことは言わず、このまま黙って機能停止していれば怪物に嫌な思いをさせずに済んだのではないかと。

 でも、怪物は怒ってなどいません。逆に笑っています。


「いや、謝らぬとも良い。お前は間違いなく人間だと言っているのだ」

「私は……人間ですか?」

「そうだ。お前はどうしようもなく人間だ。お前が自分をロボットだと言おうが、我にとっては人間なのだ。だから安心しろ。そう泣いては美しい顔が台無しだぞ?」


 怪物はそう言うと、大きな顔を クシャッ とさせ、とびきりの笑顔を見せました。


「わ、私には涙を流す機能は付いていません。表情も仏像を参考にした微笑で固定されています。泣いてなどいません」


 ロボットは恥ずかしさを誤魔化す為か、口は怪物の言葉を否定し、目のレンズを横に逸らしました。

 でも、頭しか動かせず体は動かすことは出来ないので、どうしても怪物の視線からは逃れることが出来ませんでした。







 お堂の中心で、怪物はロボットを抱きしめていました。

 本当ならばお寺はそんな事をする場所ではないのですが、それを咎める人はもう何処にも居ません。


「次に目が覚めた時、お前は我のつがいとなるかならぬのかの返事をするだけで良い。それ以外は全て些細なことだ」


 怪物はロボットの耳元で、そう呟きます。


「ありがとうございます……貴方は、優しいのですね」


 ロボットは唯一動く首を少しだけ怪物にもたれ掛からせ、怪物にお礼を言います。

 怪物を騙していた自分を許してくれた事、

 明日を迎えれないと分かっていながらも365日目を待つと言ってくれている事、

 そして、全て分かった上で自分を人間だと言ってくれた事についてのお礼です。


「お前は我のつがいになるのだからな。優しくして当然だ」


 でも、怪物はそれを当たり前だと言います。

 照れ隠しではなく本気なのでしょう。


「ふふっ、最後にもう一つだけ、我が儘をいいでしょうか?」

「良いぞ。我に何でも言うが良い」


 時刻は夕方。

 茜色の光がお堂に差し込み、ロボットと怪物を照らします。

 もう少しすれば、夜が降り来るでしょう。


「私が動かなくなるまで、抱きしめて貰えないでしょうか?」

「ああ、いいだろう。お前が眠るまで、しっかりと抱いてやる」


 怪物は腕を増やし、ロボットを優しく包み込みました。

 ロボットはそれを満足そうに受け入れ、静かに瞼を閉じます。


「おやすみなさい。私の旦那様」


 ロボットが微笑を浮かべ、呟きました。


「おお、おやすみだ。我の妻よ」


 怪物は優しい笑顔をし、それに答えました。







 そして次の日の朝、怪物がいくら呼び掛け揺すっても、ロボットは目を開けませんでした。































































































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