異世界転生した恋人と殺し愛します

文屋旅人

第1話 美作武蔵の異世界転生

 私の名前は美作武蔵。

 私には恋人がいる。

 名は、京極燕。

 共に剣術に切磋琢磨し、互いにその腕を認め合い、いつしか愛し合った。

 日々木刀を打ち合い、学校へ通い、そしてまた木刀を打ち合い、鍛錬が終わると恋人らしくともに食事をする。

 そんな平穏な日々。互いに、ただ武を極めながらも平穏を愛する。そのような人生を送るはずであった。


「なるほど、即ち私は死んで今ここにいると」

 しかしながら、そのような人生はどうやら送れそうにないらしい。

「はい。あなたの死因は頸椎骨折、木刀の当たり所が悪く……」

 どうやら、久方ぶりに燕と真剣勝負を行ったのが原因らしい。練習中の事故というやつだ。

「……ふむ、燕には悪いことをした」

 ぼそりと、私はそういった。

すると、この女神と自ら名乗った存在は私に言う。

「えっと……言いにくいのですが、その燕さんとやらも死にました」

「は?」

 何故だ? 何故燕まで死んでいるのだ? そう問いかけようとすると、女神とやらは口を開く。

「原因は脳挫傷。あなたと打ち合って、相打ちですね」

「ほう、成程」

 しまった。私もまた、やり過ぎてしまったようだ。

「あの……貴方たち本当に現代日本の男子高校生と女子高校生ですか? 今どき、恋人同士の鍛錬で相討ちというのは聞いたことがなかったので……」

「一応は……」

 祖父が行っていた古武術に分類してもいい剣術の師範が私の父で、私と燕はその弟子である。それだけだった。だが、おそらく父も練習中の事故で弟子が二人なくなったら悲しむだろう、そう思った。

「ところで……父は……」

 ふっと、父親が気になって女神に問いかける。

「……切腹しました」

「やはりか」

 父ならやるだろう。そのような信頼があった。

「……なんで驚いたりうろたえたりしないんですか?」

「私の不明で父に腹を切らせてしまったことは、申し訳なく思っている」

「あ、はい」

 女神は呆れたような眼で私を見る。

 確かに、私と父の関係は理解できないであろう。

 滅びゆく、実戦古武術を命懸けて教え込もうとした父と、命を懸けて覚えようとした私、親子関係以上に師弟関係。狂っているとは理解しているが、それでもそのような関係に私は父の愛を感じていたし、おそらく父も私へ愛を感じていただろう。

 父一人、子一人。

 父子としての愛と、師弟としての愛は、ともに確かに存在していた。

 だから、父は腹を切るだろうと思ったのだ。

「で、その女神とやらはなぜに私をここに?」

 そうだ、要件を聞かないと。そう思って、じっと女神の方を見る。

「はい、要件としては……その武をもって世界を救ってほしいのです」

「世界を救う……私はそのような力は持っていない」

 だが、女神は首を振って言う。

「いいえ、あなたなら救えるのです。私は、悪の男神があなたと一緒に死んだ人、即ち燕さんの魂を奪ったのが見えました。燕さんは私が管理している世界の魔王として転生させられます。それに対抗できるであろう人材は、あなたしかいないのです」

 女神は申し訳なさそうにしていた。

「だから、その……貴方には……燕さんと殺し合ってもらわなくてはいけません」

 それを聞いた瞬間……

「はははははははははははははっ!」

 私の体は、歓喜に包まれた。

「へ?」

 女神は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「なるほど、即ち私と燕――どちらが強いかを決めることができるということか」

 そうだ。今まで私は、燕と決着がついたことがない。どちらかが勝てば、その次は必ず負けた方が勝っている。

 完全に、互角なのだ。

「えっと……その……ええ……」

 女神は、理解できないという顔をする。だが、それでいいのだ。私も燕も、ともに武に生きる者。愛という感情と、勝敗をつけたいという感情は、並列する。

「感謝する、女神よ。私は愛しい人と決着をつけることができるということだな」

 気が付くと、腰には日本刀があった。なるほど、女神からの選別というわけか。

「ふむ、切れ味良し」

 すっと抜いて、埃を斬る。素晴らしい。以前演舞で抜いた真剣よりも、鋭い。

「では、向かわせてもらう」

 女神は私のことを理解できないとみているが、仕方がない。説明しても理解してもらえないのは知っている。だから、私は女神の横にある、そこを通るであろう門を通った。



          続く

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