第2章 100ワニ問題~きくちゆうき氏とたつき監督の差~

今年になってSNSで最も話題になった作品というと

「100日後に死ぬワニ」であろう。

100日間にわたり毎日更新されるきくちゆうき氏のTwitter漫画である。

一見何ということはない主人公のワニくんを中心とする

動物キャラクターたちによる日常が描かれているが、

そのタイトル通り、「死」という重い結末に近づいていく中で

ぐっと読者たちを引き込んだ。

このブームの特徴はSNS上でのファン同士の交流である、

連載期間中もファンアートにあふれ、最終回の予想漫画も大量に投稿され

もはやこうした二次創作も含めて作品の一部と言ってもよい盛り上がりだった。


週刊誌の売り上げが低迷する中、SNS時代となり

漫画のプラットフォームも出版社経由による週刊漫画雑誌から

作家自身によるTwitter(日刊漫画)に移るという予想はあった。

プロ・アマも含め既に多くの漫画家が

Twitter漫画を投稿して話題になることはあったが、

一回につき最大投稿数4枚という制約や

更新頻度と作業量を考えると描けるテーマも限定され、

またシリーズ物よりも基本的にはその作品単体での評価となるため、

毎回バズるネタを考えなければならないという難しさも存在する。

今作はシリーズ全体通して死という強力なテーマがあり、

何気ない日常を描いても深みを持っているように感じ、

死という結末をラストに持ってくることで

次の展開が気になりリアルタイムで追っかけようとする読者の心理をうまく捉えた。

結果的に100日間にわたり話題を継続させた

もっとも成功したTwitter漫画と言っていいだろう。


しかしSNSも諸刃の剣である。

感動のフィナーレを迎えた瞬間に映画化や関連グッズ販売、

カフェのオープンなど続々と発表したため、

このブーム自体が最初から電通と組んで仕組んだステマではないか

という憶測が流れ、SNS上で炎上したのである。

批判の中には「ワニ君の死を利用して金儲け」などという声も聞かれるが、

もちろんこれをどう扱おうが権利は全て作者にあり、作者の自由である。

作者からしてみれば自身の生活のためにも無料で見れるTwitter漫画を導入として

少しでもお金になる書籍化や商品化に繋げたいと考えるのは当然のことである。

しかし、読者に対して死という重い結末を予め提示する事で

さらなる感情移入を呼び起こしブームを形成したのは間違いないわけで、

その部分をないがしろにするような形で

最終回投稿直後の矢継ぎ早の映画化、商品化発表をしてしまったことで

反感を買ってしまったのである。

死がテーマでなければここまでの炎上にならなかったかもしれないが、

死というテーマだったからこそ人気につながったとも言える。

感動から一気に炎上というこの振れ幅もSNSの怖さである。


この一連の炎上で思い起こされるのは

2017年に起きた「けものフレンズ2」におけるたつき監督降板騒動である。

KADOKAWAによってアニメ二期の製作から外されたという

たつき監督の恨み節のツイートに端を発し、

「たつき監督辞めないで!」と題された著名活動がネットで広がり、

KADOKAWAに対する批判が集まった。

作品に癒しを求めるファンが現実を突きつけられて反発するという

構図自体は一緒だが、

一方は作者本人に批判が集中し、

一方は監督の肩を持って制作会社に批判が集中したのが違いである。

きくち氏もたつき監督もクリエイターであることには変わりないが、

この差はどこから生まれたのか?


そもそも監督降板自体は

複数企業の出資からなる制作委員会方式を取っている以上

まま見られることであり、それ自体に特別の問題はない。

「けものフレンズ」におけるたつき監督の功績は確かに大きいが、

「けものフレンズ」はメディアミックス作品でたつき監督の所有物ではない。

業界の常識を知っている関係者から見れば

たつき監督の一連のツイートこそがテロであると言える。

一方で「100ワニ」は紛れもなく100%きくち氏の物である。

それほど知名度のない若手クリエイターが

大手企業から仕事を持ち掛けれらたら気持ちが揺れ動くのも当然であろう。

つまりSNSにおいては物事の正当性は関係がないのである。

どちらが大衆の支持を受けられるか、結局は人気である。

たつき監督には人気があってきくち氏にはなかった。

SNSでは完全な民主主義が成立しているのである。

この点、既に名の知れた庵野秀明監督が製作委員会方式ではなく、

東宝の一社製作で作った「シンゴジラ」は最強の組み合わせだったと言える。


この事件を通して危惧するのは

炎上を恐れて新人作家が萎縮してしまわないかという事である。

SNSの発達で作り手が受け手に

直接情報を届けることができるようになった一方で

今まで隠されてきた業界の裏側をさらけ出すことができてしまう上に

受け手も気軽に半端な知識を得てしまうためにあらぬ憶測を生み

このようなディスコミュニケーションが発生してしまうのである。

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2020年代サブカル革命論 川上漫二郎 @k_manjiro

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