コメディアンへの道

 1000万マナ貸してくださいと言った瞬間、アルさんからスッと表情が消え、目が細められた。

 小男のアルさんが大男であるかのように錯覚する凄まじい威圧を感じた。

 長年にわたって金貸し、情報屋をこんな場所で続けているだけある。


「へーそっちの仕事の話だったか。予想が外れたな。

 貸すのはいいんだよ、貸すのは。私の仕事だしね。しかし1000万ね。

 キミは今まで私から借りたことがなかったのにどういう心境の変化だい?

 いや話さなくてもいい、カトリーヌ君を手にして調子に乗ったんだ。

 1000万笑わせてくれるね。キミにそれほどの価値があるとでも?

 探索者よりコメディアンを目指すべきでは?」


 鼻で笑われた。辛辣な口調と威圧に思わず撤回しそうになるが、ここで引いたり黙ったりすればアルさんは金を貸してくれないだけではなく、恐らく付き合いもなくなるだろう。


「1000万投資する価値が私たちにはあります。

 アルさんもカトリーヌの力を調べてそれは分かっているのではないですか?

 半径800mの何も聞こえず何も見通せない闇の領域。この規模の魔法でもカトリーヌの全力ではありません。

 実際に前回の探索では試しだったので準備も不十分で、私への強化魔法ぐらいしかまともに使っていませんが、63万稼いでいます。

 十分返す力があると思いませんか?」


 喉がカラカラに渇きつばを飲み込みそうになる。


「使わなかったのではなく使えなかったのでしょう。

 制御出来ずに暴走して迷子になったことももちろん把握してます。

 私はキミたちと違ってギャンブルする必要ありませんし、価値を見出せませんね。」


 カトリーヌが何か反論しようと口を開きかけたのを、手で遮り制止した。

 この交渉は私がやり遂げなければならない。


「この一帯の安定のためにも私たちに投資するメリットはあります。

 アルさんを頼れない場合、私たちは固定ポータル持ちの組織を頼ろうと思いますが、その場合戦力の均衡が崩れて抗争が起きる可能性があります。」


 アルさんはゲラゲラと笑い出した。

「はーはー、笑い死にさせる気ですか。

 何を言い出すのかと思いきや、まさかそれで私を脅しているつもりですか?

 私には何のメリットもないではありませんか。

 大体、その辺のチンピラ組織ではあるまいし、上にはそんな馬鹿が仕切ってる組織なんてありませんよ。

 話はもう終わりですね。」


「いえ、普通ならそうでしょう。ですが今は《大発生》の時期が迫っています。

《大発生》で壊滅的な被害を受けた組織があった場合、私たちは丁度いい補強ではありませんか?複数の組織が綱引きし争いに繋がってもおかしくありません。

 今まで攻められない限り中立を崩したことのないアルさんが、私たちに首輪をつけて争いを回避すれば、スラムでの発言権も増すし、他の組織に恩を売ることもできるのではないでしょうか?

 私たちは《大発生》後速やかに三等市民になるつもりなので、戦力を抱えて警戒される恐れもないはずです。」


 冷めた目で見続けていたアルさんが後ろを振り向いた。


「運がいい、お客が来たようですね。少し考える時間を上げます。」


 そう言って個室から出て行った。




 はー、思わずため息が出てしまう。失敗した。


「あるじよ、我に何か言うことはないか?」


 カトリーヌに申し訳ない、これからどうしたものか。

「すみません、失敗してしまいました。」


「そうではなかろう。何故我に借金することを一言も相談せなんだか?

 我では頼りないと?」


「いえ、カトリーヌに頼りっぱなしで、私でも何かしたい。

 私でも何か出来ることを示したいと思ったのかもしれません。

 それでいて失敗してるんだから世話ないですよね、すみません。」


 深々と頭を下げた。本当にだらしない。


「ふむ、あるじの気持ちも分からんでもないが、我は頼って欲しかったの。

 それでこれからどうする?我が魔法で操ろうか?」


 腕を組んで問いかけられ、強調された胸に目がいきそうになる。

 こんな真面目な場面で何考えてるんだろ?

 先ほどの対峙で緊張を強いられた反動か、少し気が抜けてるな。


「いえ、正攻法で行きたいです。

 今更身勝手なお願いですが、一緒に考えてもらえますか?」


 満足そうに頷いた。

「それでこそ契約者と使い魔よ。次からは最初から話すよう頼むぞ。

 それではまず、何故1000万マナ借りる必要あるのだ?」


 そうだな、まずそこから説明しなければならない。

「時間がないので簡潔に言いますと、カトリーヌが凄いので先ほどアルさんに話した理由や私個人の都合により、今のままだとほぼ確実に揉め事に巻き込まれます。

 それを避けるためには遅くとも《大発生》が終わるまでには最低限の強さと三等市民権が必要なので、1000万借りて装備を整えないと間に合わないのです。」


 色々細かい理由はあるけど、アルさんが戻る前に相談を終えなければならないので省いた。


「ふむ、よく分らぬ点もあるが、この世界のことはあるじの方が詳しいから任せるとしよう。

 それであるじよ、今まで借金したことなかったようだが、我が極意を授けよう。

 金を借りるために大事なことは2つ返済能力と担保よ。」


 「返済能力と担保か。

 返す力はあると思うがアルさんが頷かないのは安定性がないせいだよな。

 担保はリングとかか?でも1000万借りるのに相応しいかといえば違うよな。」


 うーん困ったな。確かに貸したい話ではない。


「あるじよ、金の使い道を詳しく話してみるのはどうだ?」


 今まではなるべく手札を隠して生きてきたけど、なるほど時にはさらけ出す覚悟も必要か。そうなると担保もカトリーヌの魔法を当てにするか。

 またカトリーヌへの恩が積みあがる。

 損ばっかりな気がするが使い魔になることって何かメリットがあるんだろうか?


「カトリーヌに相談してよかったです。自分一人では思いつきませんでした。

 お願いがあるんですが、担保としてカトリーヌに何か魔法を使ってもらっても構わないでしょうか?おんぶに抱っこですみません。」


「あるじにとって大一番であるようだし任されよ。

 ただし三等市民になって街に入ったら我にしっかり奉仕してもらうぞよ。」


 よっし、何とかめどは立ちそうだ。

「どのような魔法を頼めますかね?」


「ふむ、《大発生》に備えて簡易な砦を作るのはどうだ?

 あまり立派なものではあるじが耐えきれず体も魂も破裂してしまうからな。

 そもそも担保ではなく魔法の成果を買い取ってもらえばいいのではないか?」


「その場合は商業権を買わないといけないんです。

 売り物の値段によって商業権の値段も変わってくるので、長期の商いでないと無理ですね。

 そして今気づきましたが担保としていけるかどうかも怪しいですよね。

 担保についてもう一度考え直さなければなりませんか。」



「大丈夫アルよ。」


 急に聞こえたアルさんの声に思わず身構えた。

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