第6話 アニメイトまで……え? ……無い……だと(時間にして6時間落ち込んだ)


 大家さんの部屋から開放され、頬にウサちゃん柄の湿布を貼った俺は自分の部屋へと向かった。

 ふと大学のことを思う。

 大家さんと話していた時の『楽しい気持ち』がみるみる消失した。


 絶望的につまらなかった高校生。

 大学にさえ入れば、きっと楽しいことが待ってる。たくさんの友達に囲まれ、スケジュール帳はびっしり埋まり、生まれて初めての彼女なんて出来ちゃう……そんな夢想をしていたが、そんなものは夢でしかなかった。

 大学生活は楽しくない。もっと楽しくなかった中学・高校生活よりはマシだといえ、また別種のつまらなさを感じる。

 授業を受けている時、キャンパス内を一人で歩いている時、一人で食事をしている時、それを感じる。


 自分の居場所がない。


 どこに居ても、まるで他人の家にいる様な不安定な心地。

 どうやったら楽しいキャンパスライフを過ごすことができるのか。

 一ヶ月経った今でも、分からない。

 これがあと4年も続く、それを考えると、反吐が出る様な気分だった。


 あー、駄目だわ。

 もっと楽しいこと考えないと。

 楽しいこと、楽しいこと……そうだ。

 楽しいことはすぐ傍に転がってたんだよ!(灯台下暮らしイズム)


 今、俺の部屋には――全裸の美少女がいるんだ!


 家に帰ったらほぼ全裸のメイドさん(申し訳程度のメイド要素→カチューシャ、ガーターベルト)が出迎えてくれる、そういう常識ではありえない生唾ゴックンシチュが俺の妄想集にある(一ノ瀬辰巳ピンクイメージ~12巻~)。限りなくそれに近い現実がすぐ近くにあるのだ! 全裸美少女が家にいる日常、それってすっごい理想郷やん。


 この世にわずかに残った理想郷、それがすぐ傍に!(他の理想郷? そうだなぁ……すぐ隣の可愛い幼馴染が住んでて「何で最近俺の部屋来ないんだよ?」「……だってあんたの部屋の匂い嗅いでたら胸がドキドキして……な、なんでもないっ」「なんでもない、ねえ。この映像、なんだと思う?」「……っ! これ、あんたの部屋の……」「そう。俺の部屋でお前が、俺の体操服顔に押し付けてヌハハハハ! 我が覇道成就せり!」「流石でございます魔王様!」「美しい少女(12~14才限定)以外の全ての人間を滅ぼしたぞ! ヌハハ! 我のハーレム完成せり!」……ん? クソッ、異世界魔王ハーレムものと妄想が混線してしまった。


 いいや、今は全裸美少女だ。


 陰鬱な心が一瞬の内に満開の桜模様になった。

 やれやれ、美少女の裸一つでそうも変わるとは、我ながら現金な心だぜ……でもそういうの嫌いじゃないわ。


 俺は期待感に胸を膨らませ、自分の部屋の扉を開いた。

 そのままスーパーアーマー付きのタックルで短い廊下を駆け抜け、六畳間に続く襖を開く。


「あっ、お帰りなさい、辰巳君」


 美少女が迎えてくれた。

 問答無用の美少女である。ちょっとヒくくらい容姿の整った銀髪碧眼洋ロリである。

 ただ部屋に飛び込む前に期待していたのとは違った。

 具体的にいうと衣服を着用していたのだ。どっかの学校指定のジャージであった。

 てっきり昨日みたいに裸で待ち受けてると思ってたのに。

 クリスマスプレゼント開けたら、中に電子辞書が入ってた、みたいながっかり感。


「……」


「あ、えっとその……学校はどうだった? お腹空いた?」


 俺のメンタル大暴落。

 そのまま闇墜ちして魔人化し、三千世界の全てを掌握する『魔王・辰巳~美少女以外全滅セヨ~』ルートに突入しかけたが、グゥという自らの腹部から鳴る音で延期することにした。良かったな世界。安穏とした平和を謳歌しとけよ。


 俺の腹の音を聞いた幽霊少女は、にへらと笑みを浮べた。


「すぐにご飯作るね!」


 と腕まくりしながら言うのだった。

 廊下に備え付けてあるガスコンロに駆けてく少女を見ながら、六畳間のテーブルの前に座る。

 ぼーっとしながら、料理を作る少女を見ていると視線に気付いたのか「見ないでよー」と六畳間と廊下を隔てる襖を閉められた。


 あ、今の同棲してる恋人っぽいな、と思った。


「……い、今の何かすっごい同棲してる恋人っぽかったかも。……にへへ」


 襖の向こうからそんな声が聞こえた。




※※※


 ほどなくして少女が料理をテーブルに並べ(八宝菜と餃子)「どうぞ!」と笑顔で言う。少女に軽く頭を下げ、食べ始める。


 おいしかった。


 ただ俺の言う『おいしい』は妹曰く「兄さんは何を食べてもおいしいと言うので、正直張り合いがありません。本でも読んでもっと勉強を……いえ、今更勉強したところで兄さんのワードセンスが改善されることはありませんね。……ふむ、でしたら兄さん、今世は諦めて来世に期待します。兄さんが亡くなったら棺桶に辞書や詩集を詰めますので、向こうで勉強をしてから、改めて私の料理の感想を述べてくださいね」とのことなので、こう言おうか。


 すっげぇおいしい。

 これが俺のせいいっぱい。


 食べてる間、少女はテーブルの上に両肘をつき、その上に顔を乗せ、にやにやしながらこちらを見ていた。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした!」


 少女が皿を下げる、手馴れた動きだった。

 彼女はそうやって、今まで俺の皿を下げていてくれたのだろう。


 しかし、今まで突然皿が消失していたのに不信感を抱いてなかった俺って、相当ヤバくなーい? まあ、食ったらすぐに寝てたしな。


 少女は再び襖の向こうに消え、襖の向こうからは皿同士がこすれる音と流水の音が聞こえた。

 数分して、少女は手を拭きながら現れた。


「……ふぅ」


 何か掛け替えのない物を見るような目で、部屋をくるりと見渡す。

 くるりくるり、と瞬きもせずに、ゆっくりと。

 そのままその視線は俺に。ジッと少女は俺を見つめ続けた。

 まるで網膜に焼き付けるかのように。

 心の中の宝箱に仕舞いこむように。


 そして少女は何かを振り切るかのように、一度大きく頷いた。


「……うん、じゃあわたし、そろそろ行くね」


 少女は小さな鞄を手に、そう言った。


 はて? 行く? 


 人はどこから来てどこに行くのか、常に考えている俺だが、未だ答えは分からぬ。

 ただこれだけは分かる、最後に行き着くのは母なる海だってこと。俺を導いてくれ! イカちゃん!


「行くって……え、なに?」


「だってわたしのことバレちゃったから。もうここには居られないよ」


 少女は「えへへ」と笑った。

 俺は知った。

 笑顔は楽しいときだけじゃなく、寂しいときにも使えるんだって。


「ほんとはね、ずっとここに居たかった。ここで辰巳君のお世話をしたかった。ずっとずっと……辰巳君がいつか出て行くまで」


「……」


「楽しかったよ辰巳君。人生でいっちばん楽しい一ヶ月だった。幸せで幸せで……死んじゃいそうになるくらい。……最後にこうやって辰巳君と話せて良かった。辰巳君、元気でね。風邪とかひかないでね。何日分かのご飯は冷蔵庫に入れてるから。それがなくなったら……あの、大家さんって人に助けてもらって。それからそれから……ぐすっ。……じゃっ、ばいばい」


 言葉の途中で涙を浮かべ、それを見られまいと俺に背を向けた。

 そのまま部屋の外に向かってゆっくりと歩き出した。


 一歩一歩。


 踏みしめるように。

 少女の一歩はただの一歩じゃなく、色んなものを振り切るかの様な重い一歩だった。背中に見える哀愁は少女の秘めた感情を具体化していた。


 少女は最後の一歩を踏み出す前に、くるりと振り返った。


「さよなら……辰巳くん。大好き……すっごく大好きっ――幸せになってね」


 そして再び背を向け、歩き出す――


「いやいやいや、意味分からんから」


 外へ出ようとする少女の脚を、座ったままの俺の手が掴む。六畳間って結構狭いので、十分に手が届いた。

 少女は「ふぎゃっ」とか尻尾を踏まれた猫の様な悲鳴をあげ、顔から畳みに突っ伏した。


 ガバっと腕立て伏せの要領で身体を起こし、こちらに向き直る。

 少女の鼻は赤く畳の跡がついており、目の端には小粒な涙が溜まっていた。


 少女はがおーっと吠えるかの様に口を開く。


「な、なにするのっ!?」


「いや、何すんのよっつーか……何自分の世界入っちゃってる系なわけ?」


 最近流行りの世界系ってやつか……?

 俺自分の世界入んのは好きだけど、他人が自分の世界に入り込んでるの見るのって嫌いなんだよね。


「え、出て行く? それがまず分からん。凄い急展開だな」


 まるで俺が中学の時に書いてたラブコメ小説みたい(ある日空から角が生えた女の子が落ちてきた! 彼女は自分が宇宙人でお婿さんを探しに来たって言うんだ! え? ボ、ボクがお婿さん!? 彼女はボクが他の女の子と喋るだけですぐに怒って、変な宇宙の道具を使ってハプニングばっかり起こすんだ! 幼馴染も最近は急に距離が近くなってきたし……もー、ボクの日常を返してよー! 

 で、後編。

 ハァ、あれから3年。昔は良かったなぁ、水だっていくらでも手に入った。コンビニに行けばいくらでも食べる物が手に入った。今じゃランキングの上位に入らないと肉も食えない、こんなくそ不味いプラスチックみてぇな飯ばっか……嘆いてばかりもいられない、か。さて、87位をぶっ殺して、オレが次の87位になってやるさ。ん、87位は女か。……コイツ、どこかで……見たような……あの角、気のせい、か?)

 こんなん。

 瓶に入れて海に流したあの原稿用紙400枚にも及ぶ壮大なサーガは、今頃どこの国に流れ着いたのかな?

 俺がとある原住民の手に渡り神から託されたこの世界の成り立ちを記す本として祀られているだろう我が小説に思いを馳せていると、少女は震える声で言った。


「だ、だから……! わたしがいるの、辰巳君にバレちゃったから出て行くの!」


「何で俺にバレると出て行くわけ? なに君ツル?」


 説明しておくと絶対襖を開けないで下さいね? 絶対ですよ? 絶対ですからね!?な童話の話である。知ってる?

 あの昔話で俺が感じたのは、何でツルが出て行くって言ったときに押し倒して自分のモノにしなかったってこと。

 そこは鬼畜っぽく「どこ行くんだよ? お前はオレの大切な金鶴なんだ……逃がさねえよ。お前は大切な……金鶴なんだよ」ってジュウジュウカンカンしとくべき、そう小学生ながら思った。つまりその時の性癖はケモナーよりだったわけですわ。


「つ、鶴じゃないけど……わたし幽霊だもん」


 だもん、の言い方がすっごい子供っぽーい。

 でも『あなたにしか……見せないんだもん(28歳・処女)』って書くと、すっげえエロティック。

 これ文字の魔力ね。


「うん、幽霊だろ。で、何で出て行くわけ? 幽霊って正体バレたら出て行く掟とかあんの?」


 だったらしょうがない。

 掟ならしょうがない。


文字の魔力さん『掟だから、掟だから夫じゃない男に体を許しても……いいんだもんっ』(やっぱりエロイね)



 少女の涙に塗れた目は、何かありえないモノを見る様な目で、俺を見ている。


「だ、だって……わたし幽霊だよ? 幽霊なんだよ? し、死んでる……んだよ? こ、怖いでしょっ。ほ、ほらっ、うらめしや~だよ!」


 いや、死んでるって言っても、見た目普通の美少女ジャン? どっか臓物はみ出てたり、骨がはみ出てたりしてたら確かに怖いけどさ(新ジャンル・ハミデレ)


 足もしっかりあるし、普通に触れるし。

 あれ? もしかしてこの女の子、自分が幽霊とか勘違いしちゃってるだけの普通の女の子なんじゃね?


 あー、あるよね。そういう自分は特別な存在だっていう妄想。


 かくいう俺も、中学生の時、自分がこの世界と似て非なる世界『アルハザット』で魔王を守護する四神将の一人、深闇のリクルスって名前の銀髪イケメン(実は魔王よりも実力があるが、面倒くさいので隠している)って妄想してた。

 いや……あれは妄想だったのか?

 よくよく考えてみると、妄想にしては……妙にリアルな設定だった。

 最後の戦いで深手を負って別世界の赤ん坊に転生して……もしやあれって妄想じゃなくて転生前の記憶なんじゃ……?

 そ、そうかっ。どおりで妙にリアルな夢も見ると思った! 俺ってリクルスだったんだ! ……そうだ。高校時代に隣に座っていたあの女の子、俺を見た時「リ、リクルス……」って吃驚した表情で言ってたっけ……。

 まさかあの子も転生してたのか……?

 ええい、こうしちゃおれん! 今すぐあの子に会いに行こう!

 確かこの辺に住んでたはず……あっ! あの子が黒い影に襲われてる! ああっ! お、俺の右手から剣が!? な、名前……? そうか、この剣の名前は――『リ・ワールド(創世の剣。所有者の思念を読み取り、所有者の望む未来を引き寄せる)』 ←ここまで妄想(new



「ほ、ほらっ、わたし浮くんだよ? 壁だって通り抜けれるんだよっ?」


 少女はふわりと浮いたり、畳に潜ったりした。

 あ、そういえばそんな特技持ってたな。そりゃ幽霊だわ。

 俺だって色んな意味でクラスで浮いてたけど、潜るのは無理だったしな……(ただ数分前まで女の子が寝ていた布団ってミステリースポットには是非ともいつか潜りたい)


 怖いでしょ怖いでしょっ?と半ばムキになって連呼してくる少女に、俺は肩をすくめた。

 まるで、子供だ。駄々をこねる子供。

 そんな子供に生活を支えて貰っていた男ってだーれだ? はい俺。


「怖くないな、全然。まだ将来に対する漠然とした不安感の方が怖い」


 しかもあれ、夜中に急に襲い掛かってくるの。……あれ? 何か幽霊っぽいな。

 幽霊と将来に対する不安の相似性を述べよ。

 どっちも地に足がつかない。……上手い! 上手すぎて馬になるわ!


「ほ、本当に……怖くないの?」


「だから怖くないって」


「ほんとのほんとに?」


「本当だって」


 ん? もしかしてあれか。

 俺が怖がるから出て行くって言ってるのか。

 いや、ぶっちゃけ俺の方が後から来たんだし、追い出されるもんと思ってたわ。


「じゃ、じゃあわたし……もしかして出て行かなくても、いいの?」


「つーか出て行かれたら困る。俺お前がいないと(食事・洗濯・掃除・その他etcが)駄目なんだ」


「はぅっ」


 少女は宙に浮いたまま胸を押さえた。

 ボッとジャージから露出した首から上の肌が赤く染め上がった。

 おや、どこかで何かのポイントが上昇する音が聞こえた気がするぞ?


「そ、そうなの……? わたしが出て行ったら、辰巳君……困るの?」


「ああそうだ。(俺が家事をしなくなった)責任、とってくれよ」


「ふぁゃあっ!?」


 少女は上の様な奇声をあげ、部屋の隅に吹っ飛んだ。

 胸を押さえながらぜーぜーと荒い息を吐いている。

 俺の言葉、もしかして破邪の気、纏ってる?


 少女は大きく息を吸い、吐くを数回繰り返し、ピンと背筋を伸ばした。

 そのまま俺に近づき、赤みがかった真剣な表情の顔を俺に向けた。


「わたしで……いいの? わたし、幽霊なんだよ?」


「幽霊とか、妖怪とかどうでもいい。ただここに居て(家事をして)くれたらな嬉しいな」


「――っ」


 少女は本当に心から欲しい物を手に入れた子供の様な表情を浮べ、俺に飛びついてきた。

 幽霊らしく予備動作のないその動きに、俺は全く対応できずそのまま押し倒された。馬乗りにされ、身体をぎゅーっと抱きしめられる。


 いやー! 本性出しおったでこの子! 祟り殺されちゃう!

 助けて雪菜ちゃーん!(妹の名前)


「わ、わたしっ、ずっと辰巳君の傍にいるからっ。辰巳君が死ぬまで傍にいるからっ。好き! 大好き!」


「重いな!?」


「わたしいいお嫁さんになるから!」


「あ、頑張って下さい」


 幽霊だろうと少女の願い、特にお嫁さんになりたいというピュアな想いは是非とも支えてあげたいと思うのが俺だ。協力してあげたいのだが、この歳で所帯持ちはちょっと勘弁して欲しい。

 少女には悪いが、お友達兼同居人のままでいて欲しい。

 いいよね、お友達って、超便利な言葉。


 俺が中学の時に告白して「お友達でいようね」って言ったあの子は元気かな? 実際お友達どころか「一ノ瀬に告られた~やだぁ~」「かわいそぉー」「業が深まって涅槃に至れない~」「塩掛けて浄化しとくね」みたいな展開だったわけですけどね。

 あの時の俺に世界を混沌に陥れる類の力があったなら、即発動してたよ。

 残念ながら俺にそんな力は微塵もなかったわけだけど。よかったね世界。


 こうして、俺と幽霊少女の生活は改めて始まったのである。

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