第5話 ジャスコまでワープ5回(ワープ1回につき、23万円)

 大家さんの泣き言と周辺に在住するマダムたちのHAYASITATEを潜り抜け、大学への通学路に向かう。 ちょっとした商店街を抜けて、坂をえっちらおっちら抜ければ……大学に到着。


 大学で遠藤寺と駄弁り、その日の残りの講義は出なくていいタイプの講義(テストの点さえ良ければ、出席しなくてもいい)だったので、早々に帰宅することにした。

 大学の門から駅まで真っ直ぐ伸びる下り坂の途中で脇道に入り、そのまま進むとそこそこ広い商店街だ。商店街のアーケードを抜けると住宅街がある。


 そのまま住宅街を3分ほど歩けば、俺が住んでいるアパート『一二三荘』がポツンと建っている。最近流行りのデザイン住宅の中に、存在する古めかしいアパート『一二三荘』。大家さんには悪いが、相変わらずセンスの欠片もない名前だ。建物の外観の時点で古めかしい、ひとによっては懐かしさを感じる作りなんだから……せめて名前だけでもなんとかしないと、そう思う。

 こんな名前じゃ通りがかった時「おっ、いい名前だ。ちょっと住んでくか!」みたいなノリの住民は来ないだろう。『懐かしいアニメの最終話ベスト10』を鑑賞した若者がノリで在住を申請するかもしれないこんなアパ―トだけど……俺みたいなヤングセンシスト(センス溢れる若者)が名づけるとしたら――『僕らはみんな楽し荘』これだな。


 なんかこう『俺らめっちゃ楽しいんすよwww』って感じの仲のいいサークルみたいな雰囲気、伝わってくるだろう? 実際、住んでる住人と大家さんとの仲も昭和みたいに良好だし、いいと思う。大家と店子が和気藹々してる、賃貸関係を超えた仲?そんな義理人情溢れるこんな生活。……ええやん。一つ屋根〇下とか、家族〇画とかぷー〇ーぷーみたいな。こういう他人が他人を他人と――断じれる世間でこそ、改めて通じる家族構成がこれからの時代に必要な家族構成かもしれん。


 まあ、それはそれとして俺の案をパクって住民が増えたって金取ろうなんて思わないよ。ただ名前の由来を聞かれたとき『かつてこのアパートには才能溢るる若者が一人住んでおった……彼はあらゆるこの世の不義と戦い、常にこの世界の行く末を憂いておった。そんな彼が圧政を敷く君主に対し、その牙を食らいつかせるのは当然のことじゃったじゃろう……』みたいに始まる壮大なサーガで俺のことを語ってほしい


 アパートの敷地内に入る。


 当然だが、朝方にアパートの前で集まって駄弁っていたマダム達は既にいなくなっていた。マダムもああ見えて忙しい。帰ってくる子供や亭主の為に夕食を作らないといけないからな。


 敷地内に入るとそこそこ大きな庭がある。

 この庭には大家さんの家庭菜園やら、製作者不明のブランコ、何が棲んでいるか不明な池が存在している。

 アパートの建物はぼろいが、俺はどことなく懐かしさを感じられるので好きだ。田舎のお婆ちゃん家のような安心感がある。

 そんな愛すべきアパートの庭に大家さんがいた。

 俺に背を向け、箒を懸命に動かしてる。この人は俺が見るとき、いつも箒で庭を掃いているんだけど、他に仕事とかしてるのだろうか。

 いや、そもそも大家さんの仕事ってなに?

 俺が昔プレイしたゲームじゃ、大家さんはアパートの住民を守る守護者的な存在だったわけだが。……え、何のゲームかって? エロゲだよ。言わせんな恥ずかしい。


「ふーんふふーん、にゃにゃなにゃにゃー♪ らヴぃ!」


 大家さんは機嫌よく、鼻歌なんかを歌いながら箒をサクサク動かしていた。


「さっさっさー、お掃除お掃除楽しいですー。お掃除お掃除――えーい! やぁー! ――ふふふ、油断しましたね? ただ掃除をしていた、そう思い油断した貴方の負けです。これぞお掃除戦闘術――クリーンアーツ! ……あ、やっぱり『クリーニングコマンドType1』の方がよかったでしょうか、うむむ」


 個人的には掃除殺法~箒ノ一~とかがいいと思いますねぇ。

 それにしてもか~わ~い~い。誰にも見られてないと思って自分の世界に入ってる大家さん、いやここは敢えておーやしゃん(こずぴぃっぽく。誰? ああ、俺の嫁)と呼ぼうか。


 箒を構え片足でピョコンと立っているポーズがクソ可愛い。

 あ、もしかして俺が部屋で電灯の紐相手にボクシングとかしてたのも、傍から見ればあんな感じだったのかな?

 あれ? でもその現場を妹に見られた時の妹の顔「……こういう人とは絶対結婚したくない」みたいな軽蔑顔だったんですけど……。

 俺と大家さん同じことをやっているのに、一体どこで差が付いたのか……。



 俺は複数に分割した思考の内の一つにその考察を任せ、そろそろと大家さんの背後から近づいた。


 このまま大家さんの二次性徴を迎えてないだろう小さな胸を鷲掴み『お~れだ』と囁く。大家さんは振り返って『やんっ、部屋まで待てないんですかっ?』って言うけど待てるわけねーだろうが! もう我慢できなぁい!(ゴリラっぽく) そんなイチャイチャができる仲になりたいんですけど、どうすればいいのか。ひたすらカブを貢いで好感度を上げるしかないのか。


 今の好感度で胸なんか鷲掴みしたら、恐らく速攻でポリンスメンが来ちゃうだろう。今の好感度できるコミニュケーションを実行することにした。 

 俺は大家さんの頭頂部が見える辺り、ほぼ真後ろに立った。大家さんのオカッパ頭を迂回するように、手をするすると伸ばす。


「だ~れ――」


「奥義からの連携技! ニノ太刀! ぶおんっ!」


 大家さんが箒を掃く動きからそのまま、勢いよく箒をスイングした。

 箒の先の部分が俺の顔面目掛けて鋭い風切音と共に接近してくる。

 なかなか速い……が、それだけだ。動きが直線的過ぎる。俺ほどの猛者相手だと、有効的とはいえない。

 欲を言えばそのこの一閃の他に全く同時に死角から襲い掛かってくる二閃、三閃が欲しいところだ(この複数の三閃は全く同時に存在するとする)

 俺は大家さんの放った箒が顔面に当たる寸前、地面を一息で9回ほど蹴った。

 瞬間的に圧縮されたエネルギーをコントロールし、後ろへ下がる。

 周りから見れば突然、俺が大家の3メートルほど後ろに現れた様に見えるだろう。しかし未だ大家さんの背後には俺がいる。

 同時に二人の俺が存在している。当然片方は残像だ。


「フッ、残像だ――ぶっ!」


 馬鹿な……当たった、だと?

 俺は後ろへ回避したはず……なっ、後ろにいる俺が……消えた。

 残像はあっちだったのか。

 もう分かってると思うけど、今までの一連の流れ、全部俺の妄想なんで。実際は大家さんの後ろに立ってたらバチコンと箒で叩かれたわけで。


「ふふふ、またつまらぬモノを切って……切った? はて?」


 俺をSMAAAASH!!した大家さんは、箒の柄を地面に突き立て決めポーズをとろうとしたところで何かの手応えがあったことに疑問を覚え、首を傾げながらくるりとこちらに回転した。

 ズザザと箒の柄がコンパスでしたかの様な半円を描く。半円が完成する直前、大家さんと俺の目が合った。

 目と目が合った瞬間、大家さんはニコリと笑みを浮かべ口を『お』の形に開いた。

『お』兄ちゃん? あ、すいません。もう妹枠は埋まっちまってるんですわ。

 大家さんさえ良ければ、ロリ姉っつー個人的に優遇したい枠が残ってるんすけど。


 続いて大家さんはクパリと口を開け『か』の形にした。


「おか――」


『おか』?

 いやー、確かに俺ってサッカーの監督としての才能はあるけどさ(プロサッカーチームを作ろうで証明されている)

 だからって岡ちゃんはねぇ……。眼鏡かけてねーし。


「おかえり――」


 オカエリ?

 誰それ? もしかして俺の守護霊の名前? ミカエル的な?

 え、俺に守護霊とか、いたんだ……。

 は、恥ずかしい……だってずっと見られたってことでしょ?

 あんなこともそんなことも……もう恥ずかしくって今すぐ人界から去りたい!

 あ、でもよくよく考えるとウチの幽霊も俺のアレ(アブノーマルプレイの略)やソレ(ソロアブノーマルプレイの略)を散々見てるわけか……だったら今更か。


「お帰りなさいっ、一ノ瀬さ――ってきゃあああっ!?」


 満面の笑みから反転、大家さんの視線は自分の持つ箒と俺の顔面に残った殴打跡を一瞬の内に三回ほど往復し――布を割くような悲鳴をあげた。


 ンモー、悲鳴はやめてってばぁ。

 ほら、まだマダムが家から出て来ちゃったじゃーん。

 まるで壁に耳あり障子にマダムだよぉ(などと意味不明な供述をしており)


「い、一ノ瀬さん! そ、その顔……!」


 顔のことは言うなよ!

 俺だって好きでキアヌ・リーブス似かつそれ以上の容姿で生まれてきたわけじゃないやい!

 あーあ、毎朝鏡を見るのが憂☆鬱!


「ご、ごめんなさいっ、誰もいないと思って……あわわっ」


 えらいこっちゃと、箒を持っていない方の手で口を覆う大家さん。

 俺は架空の奥義でちょっと気になってる男の子をぶちのめした大家さんの心情トラウマをくみ取り、ヒラヒラと顔の前で手を振った。


「あ、全然大丈夫じゃないですから。(ショック死するほどには)痛くないです。というか当たる寸前に身体を背後にずらした(と思い込んでます)んで、実質的にはダメージゼロ(だったらいいのになぁと)です」


 俺はバトル漫画でよくある『無傷、だと? そうかっ、当たる瞬間に後方に飛んでダメージを軽減したんだ』を参考にして、大家さんのフォローすることにした。


「で、でも顔が赤くなってますよ!?」


「はい赤いですけど? 青いよりはいいですよね?」


「え……あ、はい。青かったら大変ですね」


 俺はトークアェイ(論理のすり替え)を行なった。

 今起こっていることよりも重い事案をあげることで「今のコレって別に大したことなくね」と誤解させる手法である。簡単に説明すると、自分が両性愛者だと告白するのを隕石衝突の地球滅亡の場面で告白するような、そんな手法である。


「で、でもでも……」


「大家さん、ただいま帰りました」


「あ、はいっ。お帰りなさいっ」


 にぱっと笑いペコリと頭を下げる大家さん。

 ははは、コイツちょろいわ。もう俺のこと、ぶなぐられたたの忘れてやがる。

 これでいつか『はいこれ(プレゼント』『え、これ……こんな高そうな物、貰えません!』『ばーか。今日は俺と大家さんが付き合い始めて一年だろ?』『……あっ、嘘、私……ど、どうしましょう! い、今すぐ買い物に……!』『いいんですよ』『でも!』『分かりました。じゃあプレゼントの代わりに……その指輪俺に付けさせて下さい』『え……はい。あっ、そ、そこって……』『……そういうことです』『こ、こちらこそ……そ、その末永く、宜しくお願いします』的な展開が有効だな。


 エンディングが見えた!


 ただその時の俺は高そうな指輪を買えるほどの財力を有しているのか……いざとなったら妹銀行に融資を頼むか……。



 母親銀行に融資を頼もうとかほざく分割思考の一つを鈍器で殺害し、「じゃ、大家さん。俺部屋に帰りますんで」と大家さんの横を通り、部屋へと足を向けた。が、不思議なことに足が止まる。体が動かない。


 はて、誰か時間系の能力でも使ったか……?



「あの、大家さん。ちょっと腕離してもらえませんか?」


「だーめです」



 今日の朝は遠藤寺の腕を掴み、昼には大家さんに掴まれる、まるでサンドイッチみたいなライフ(そうか?)


 大家さんは笑顔のまま、俺の右腕を掴み離さない。


 な、何なんだ一体……まさか掃除戦闘術の奥義を見せた相手を生かして逃がすわけにはいけないとかそういう……?  弟子になるから命だけは!

 ただ弟子の仕事ってのは夜のお世話も入るんですかねぇ……入るんだったら、俺、結構凄いよ? ベッドの中限定で、主従逆転……しちゃうかも?(この妄想は一ノ瀬妄想集~ベストバウト編~に収録予定! みんな脳内本屋さんへゴー!)


 土下座も辞さない覚悟の俺だったが、俺の覚悟むなしく大家さんはその無慈悲な鉄槌を俺に叩きつけた。


「一緒に私の部屋に来てください。ちゃんと手当しないと傷が残っちゃいますよ」


 どうやら大家さんはあまりチョロくなかったようだ。

 俺はずるずると大家さんの部屋に引きずられていった。

 初めて入った大家さんの部屋は、向日葵の様な匂いがした。

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