最終話

「――――あなたには愛するひとがいますか そのひとをおもっただけでなみだがながれそうになるくらいのひとがいますか」

「はい―― さきほどもうしあげた片思いのひとをいまでも愛しています 三日に一回はゆめにでてきて 覚醒するとそのひとのいない現実に絶望します」

「アニマですね」

「はい」

「わたしも くだんの彼女のことをいまでも愛しています 窮極集合のなかに 彼女ほど愛おしいものはありません 不思議だとおもいませんか カラビ・ヤウ多様体の誕生から 無限個の膜宇宙がスロートから発生して 百三十八億年を閲して 半径四百七十億光年の宇宙のなかのちっぽけな銀河系の片隅で わたしは彼女と あなたは片思いのひとと出逢った のみならず 我我はそのひとたちを『愛する』というわけのわからない気持ちをいだいた」

「はあ」

「ということは 『我我は愛するひとと出逢うために』誕生したんですよ これは神も予定外だった 愛するということは物理現象を超えている 神が数学者ならば愛するということだけは計算できなかったんです ひとを愛するという気持ちによって 我我は神に勝ったんです ひとを愛するというバグこそが 無意味な宇宙の唯一の存在理由にさえなる 『我我は愛するために生きている』とはおもえませんか」

「そうでしょうか」

「そうですね―― 愛するひとがいる 『たとえ愛されずとも愛するひとがいる』 寧ろ ともに生きられないからこそ愛しつづけられる だから わたしには 不可能な戀をつづけるストーカーや 握手券のためにCDを何十枚も買うファンたちを破家にはできません 彼等はまさに 愛しているからです だれでもいいんです アイドルでも アニメのキャラクターでも 『外科室』のように一生に一度すれちがっただけの異性でも―― そもそも 愛することに資格はいりません 盲聾唖でも 五体不満足でも 重度の知的障碍でも 我我はひとを愛することができます 畢竟 人間だからひとを愛するのではなく ひとを愛するから人間なのです 同時に 我我がひとを愛せるのは この世界に生きている一瞬でしかありません この一瞬のチャンスを無駄にしないためにも あなたは生きてみようとおもえませんか」

「――――わかりません」

「そうですか」

「――(沈黙)」

「――(沈黙)」

「――でも ありがとうございました」

「いえいえ」

「ひとつの意見として おぼえておきたいとおもいます」

「ありがとうございます でも 無論 これで生きる苦しみがなくなるわけではありません ただ 『生きる価値はある』と一瞬でもおもえるだけです」

「――今日はすみませんでした」

「いえ なによりも 死にたいときは自由に話せる相手が必要ですよ でも 八九三とはあまりかかわらないほうがいいですよ」

「――(沈黙)」

「では」

「はい さようなら」

 二人は電話を切った。


〈了〉

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『もしもしやくざさんですか~暴力団いのちの電話』短篇小説 九頭龍一鬼(くずりゅう かずき) @KUZURYU_KAZUKI

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