最終話 彼女は俺のお嫁さん

 家族会議が追わったその夜。

 俺たちは、結衣の部屋のベランダから夜空を見上げていた。

 

 夜空には月が輝いている。


「なんだか不思議ね……」


 月を見上げながら結衣がそうつぶやく。


「お前と付き合い始めてから、半年もしてないもんなあ」


 秋の夕暮れのあの告白を思い出しながら、そう返す。


「思い出すと、ほんと恥ずかしい……」


 こちらを横目でみながら、少し恥ずかしそうに言う結衣。

 今思えば、ほんとにずれた告白だったから、その気持ちもわかる。


「そのおかげで、こうしていられるんだし。ありがとうな」

「お礼を言われても、困るんだけど」

「といってもな。自分から踏み出せなかったのは事実だし」


 そう自嘲する。

 好いていてくれていることを薄々気づきながらも、なかなか踏み出せなかった自分。

 あんな形でとはいえ、結衣に先に言わせてしまったのが今思うと少し情けない。


「そんなことないわよ。それに、それよりもずっと前に、私は昴に助けてもらってるから」

「小学校の頃のことか?」


 以前に話した、入学式の日を思い出す。


「それもだけど。数えきれないくらい、私は昴に助けてもらってる」

「数え切れないくらいっていってもな」


 俺にしてみれば、特別なことをしてあげた記憶はそれほどない。


「ざっと310回ってところかしら」

「やけに具体的な数字だな!というか、数え切ってるぞ!?」

 

 以前も、想い出を日単位で覚えてたし、こいつの頭の中はどうなってるんだ。

 一周廻って、少し恐ろしい。


「夫婦喧嘩をしたときも、毎回カウントされそうだ」


 これからのことを考えて、そう冗談めかして返す。


「大丈夫よ。昴が私を怒らせることさえしなければ」

「滅多なことでは怒らないだろうけどさ」


 ただ、嫉妬したときもだが、こいつはよく分からないところで

 怒りそうな気がするんだよな。


「でも、夫婦、か……」


 少し照れ臭そうな表情でそう結衣がこぼす。


「まだ、実感湧かないよなあ」

「私も。なんだかふわふわとした気持ち。それに……」


 結衣がお腹をなでる。

 いま、そこには、俺たちの赤ちゃんがいるらしいのだが、まだ見えていないので

 実感が湧かない。


「ちょっと触ってもいいか?」

「え、さすがにエッチなことは、今は……」


 ちょっとドン引きしている。


「いや、そうじゃなくてだな。赤ちゃん、てどんな感じなのかなと」

「まだ、触ってもわからないわよ」


 そう言って、俺の手を自分のお腹に触れさせる。

 結衣の肌の暖かさと柔らかさは感じるけど、他には何も感じられない。


「私も1年後には母親なのよね」

「俺もその時には父親だな」


 実感がわかないけど、時が来たらそうなっているのだろう。


「どっちかしら?」

「どっち?」

「男の子か女の子か」

「そういえば……」


 今日は色々な出来事があり過ぎて、そんなことを考える暇もなかった。

 

「まだ、実感がわかないな。色々。どう育てようとかも」

「私も」


 あらかじめ準備できていたのなら、そんなことも考えられたのだろうけど。


「なるようになるか。父さんたちも協力してくれるし」

「そうね。私も、これから色々調べないと」


 こいつのことだから、専門書まで引っ張り出して色々調べそうだ。

 

「そういえば、さ」

「なに?」

「ちゃんとしたいんだけどさ」

「ちゃんと?」

 

 これだけだと、さすがに伝わらないか。照れ臭いが仕方ない。


「プロポーズ。出来ちゃった結婚でそのままってのも違うと思うし」

「私はさっきので十分だけど。昴がそうしたいのなら」


 満ち足りた表情でそう言う結衣。

 なんだか、自己満足のためだけみたいでなんだが。


「え、えーと」


 今更拒否されるはずもないのに、妙に緊張してしまう。


「結衣」

「はい」

「えーとその…俺の嫁さんになってくれ!」


 風情も何もない。

 呆れているだろうか。

 顔を上げると、くすくす笑っている結衣の姿。


「その、笑われるのはな……」

「ご、ごめんなさい。あまりにも必死だから、可笑しくて」

 

 なんだかツボにはまったようで、受けている。

 せっかくのプロポーズなのに全然様にならない。


「おまえみたいに、恥ずかしい言葉をストレートに言えないんだよ。で、返事は?」

「返事?」

「プロポーズの」

「もちろん。決まってるわよ」


 そう言って、満面の笑みで


「よろしくお願いします。あ・な・た♪」


 そう言ったのだった。


「……似合わないなあ」

「よくお話とかであるじゃない?あ・な・た、って。一度言ってみたかったの」

「おまえのキャラに合ってないぞ」

「そんなに合わないかしら……」


 考え込みだす結衣、いや、俺の嫁さん。

 しまらないプロポーズだったけど、きっと、このときの光景をいつまでも覚えているんだろうな。


――


 それからはとにかく必死だった。

 婚姻届の提出に、学校への報告。

 結衣の休学(赤ちゃんが生まれた後に、1年間通えば、卒業を認定してくれるらしい)。

 俺は、志望校を近所に変更しての受験勉強。

 結衣は結衣で、つわりや、好みの変化などもあるのに、なまじ我慢するものだから、大変だった。

 

 そんな日々が瞬く間に過ぎて、気が付けば、それから1年半が経とうとしていた。

 

「世の中のおとうさん、おかあさん達、こんな大変なことしてたのな」

「そうね。でも、こういうのも楽しいわよ」


 そんな会話を交わす。

 俺が大学に通っていていない間も母さんが助けられるように、ということで

 俺たちの子どもは、こっちの家で育てることにしたのだった。

 それにともなって、結衣もこちらの家に引っ越し。

 おじさんには少し申し訳ないなと思う。


 それにしても、だ。

 おむつの交換に、夜泣きの対応。

 熱を出すこともしばしば。

 

「お話だと、赤ちゃんが生まれて、ハッピーエンドだけど、その先にも色々あるもんだなあ」

「そうね。光(ひかる)が大きくなってきたら、また色々あるんでしょうね」


 二人で相談して、生まれた子(女の子)の名前は光にした。

 提案したのは結衣で、なんでも、プロポーズのときに月が「光」っていたからだとか。

 変にひねっても仕方ないので、それを採用。


「だなあ。ほんと」

「でも……」

「ん?」

「こうしていられる今が、とても幸せ。だから、ありがとう」


 そう、満面の笑みで俺の嫁さんは言うのだった。


――


 これにて、「俺と彼女は恋人以上恋人未満」は完結です。これまでお読みいただいた皆様、ありがとうございます!

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俺と彼女は恋人以上恋人未満 久野真一 @kuno1234

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