第31話 甘い夜とバレンタインデートの相談

 2月上旬のある日。

 俺と結衣は、二人で勉強会を開いていた。会場は結衣の部屋だ。

 というのも、俺たちはもう高校2年生で、もうすぐ高校3年生だ。

 受験勉強にも力を入れないといけない。


 進学校だけあって、ある程度は高校の授業でカバーできるが、

 やはり自主勉強も必要だ。


 というわけで、勉強会をしよう、ということになったのだった。

 うちの高校は3年から理系コースと文系コースに分かれる。

 結衣も俺も文系コースを選択するつもりだ。


 結衣の奴はどの科目もまんべんなく得意だが、大学では文系の学部に進みたいらしい。

 俺はというと、理系科目が苦手だから、という消極的な理由だ。


 ちゃぶ台の前に座って、二人で黙々と問題集を解く。

 結衣ほどではないにせよ、俺もそこそこは勉強ができる方なので

 お互いに勉強をする時間を作るのが目的だ。


 シャープペンで書いたり、問題集のページをめくる音だけが響く。

 特に、一度集中しだした結衣は、周りの音がまったく聞こえなくなる程だ。


 今日解いているのは、現代文の読解問題だ。

 こういう問題は、だいたい消去方で2択くらいまで絞ることができるのだが

 どちらが正しいかを答えるためには、問題文をしっかり読み込まなくてはいけない。


(AとB、まぎらわしいんだよな)


 得てして、絞り込んだ2択はどちらもそれなりに「らしい」回答になっているので、

 複雑な文章になると難しい。


 ちょっと結衣に聞いてみるか。


「おい、結衣?」


 反応がない。ひたすら問題集に向かっているようだ。

 いつものことなので、肩をゆさぶる。


「……あ、ごめんなさい」


 ようやく気付いた、という様子の結衣が顔をあげる。


「いや、いいけど。ちょっとこの問題、どう思う?CとDはないと思うんだが」


 そう言って、今解いている問題を見せる。


「そうね……。Aじゃないかしら」


 読解文も含めて今見たばかりのはずなのに、凄まじく読むのが早い。


「理由は?」

「ちょっとここをよく見て」

「うん?」

「Bの選択肢は、一見もっともらしいけど、作者の主張とはやや違うわよね」

「うーん。言われてみれば……」


 よく見てみると、Bには、作者が直接使っていない単語が含まれていて、微妙だけど

 違いがある。


「よくわかるな」

「こういうのは、文章構成を細かく読み込めば、自然にわかるわ」

「わからんでもないが。これは正直難しいぞ」

「そうかしら」


 首をかしげる結衣。


 特に、結衣は論理で考えて行けばわかる問題に関しては得意だ。

 反対に、小説の読解は苦手だったりするのだが。

 (ちなみに、俺も苦手だ)


「まあいいや。今日はこれくらいにしようぜ」

「そうね……もう22時だわ」


 そう言って、結衣はベッドにごろんと横になる。

 

「はい」


 ベッドの横のスペースを指差して、手招きをしてくる。


「はいはい」


 あれから、結衣は、どうしたのか、普通にいちゃいちゃするときと、

 えっちなことをするときで、誘い方を変えるようになった。


 これは、普通にいちゃいちゃしたいというサインだ。


 結衣の横にお邪魔すると、ぎゅっと強く抱きしめてくる。

 いつも思うんだが、なんで、こんなに暖かいんだろう。


「ん……」


 すんすん。

 首に鼻を近づけてくる。

 匂いをかいでいるようだ。


「いい匂い」

「いや、汗臭いだけだぞ」

「そうかしら」


 自分では自分の体臭がいい匂いとは思わないのだが

 どうも匂いが気に入ってるらしく、時折こういうことをしてくる。

 まあ、気に入ってるなら何も言うまい。


 こっちも、ということで、結衣の首に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。

 いつもつけてる香水と違うような……


「香水、変えた?」

「ええ、ちょっと気分をかえてみたくて」

「……おまえが香水とかつけるようになるとはなあ」

「失礼ね」


 告白する前は、清潔にしてはいたものの、化粧や香水にはまるで

 興味を示さなかったのだが。


 ちなみに、化粧をしてみたときに、化粧よりもすっぴんの方が似合っているといったら、

 以後、しなくなった。


「ねえ」

「ん?」

「バレンタインデーなんだけど」

「お。チョコくれるのか?」

「それはもちろんよ」


 付き合う前から、義理チョコをくれていたっけ。

 今年は初めての本命チョコか。


「ありがたい。初めての結衣の本命チョコ……」


 ちょっと感動する。


「おおげさね」


 ちょっとくすぐったそうに言う結衣。


「いやいや。ずっと義理だったからな。感動もひとしおだよ」

「それは嬉しいけど」

「で、どうしたんだ?」

「チョコ……せっかくだし、手作りにしようと思うんだけど」

「おお。手作りチョコ!」

「付き合って初めてだし、頑張ってみようかって思って」

「ありがたいけど、くれるだけで十分だぞ?」

「それでも」

「わかった。楽しみにしてる」


 結衣は、料理は人並み以上にできるから、味については心配していない。


「それで、本題なんだけど」

「ん?チョコくれるって話じゃなくて」

「それは前提よ。せっかくだし、どこかデートに行かない?」

「もちろんOKだけど。バレンタインデーにデートか。どこがいいかな」


 スマホで、それらしきページを探す。

 プラネタリウム、水族館、チョコレート風呂……

 

「この、チョコレート風呂っての、何だろな」


 ページを開いて、結衣に見せる。

 お互い向かい合っているので、すぐ近くだ。


「これ、身体がべとべとしそうね」


 微妙に嫌そうだ。

 いや、俺もちょっと微妙だが。


「そうだな。うーん……」

「プラネタリウムとかどうかしら。のんびりできそうだわ」

「いいかもしれないな。調べてみるか」


 調べてみると、プラネタリウムといっても、色々あるようだ。


「でも、だいたい1時間くらいで終わるっぽいぞ」


 デートだと少し短い。


「そうね……」


 再びページを検索し始めたのだが、結衣の顔が少し赤い。

 何か変なものでもみてるな。


「どうした、結衣?」

「これ、なんだけど」


 見せられたのは、少しお洒落なホテルの部屋だ。

 バレンタインデー特別プラン、とある。


「行ってみたいのか?」


 こくこく。

 少し恥ずかしそうにうなずく。


 そういえば、初めてのとき以来、二人で外泊したことはなかったな。

 こいつとしても、お泊り前提で誘うのは、恥ずかしいのだろうか。


「いいんじゃないか?でも、意外だな。結衣がこういうロマンチック……ふが」


 枕を押し付けられる。


「柄じゃないってわかってるわよ。でもいいじゃない」

「駄目とはいってないって。ちょっと意外だったってだけで」


 読む本といえば、ノンフィクションに学術書。

 フィクションでもハードSFや推理物。

 そんなこいつでも、こういうのに憧れがあったのか。


「……じゃあ、いいかしら?」

「ああ、もちろん」

「ありがとう」

「いや、俺も一緒にいたいのは同じだし」


 他にも、ここに行こう、あそこに行こう。

 そんな相談をして、解散したのは、真夜中の24時だった。

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