第29話 友達同士のデート当日

 いよいよ、倫太郎と加藤のデート当日の朝だ。

 いつもより早めに起きて、自室でメッセージを考える。

 横には結衣。


「ここまで来て、細かなアドバイスは野暮だよなあ」

「そうね。シンプルでいいんじゃないかしら」


 そうだな。

 よし。


【おはよう。加藤とうまく行くことを祈ってる。おまえならできる、頑張れ!」


 そんなシンプルなメッセージと、応援のスタンプを倫太郎に送った。


「結衣は?」

「こういうのでどうかしら」

 

 スマホで、送信前のメッセージを見せてくる。


【おはよう、加藤さん。倫太郎君とうまく行くことを祈ってるわ。頑張ってね】


 結衣も同じくシンプルなメッセージを送ることにしたようだ。


「いいんじゃないか?」

「じゃあ、送るわね」


 スマホをタップして、メッセージを送ったようだった。


「さて、あとはどうしようかな」


 ひょっとしたら、二人から相談のメッセージがあるかもしれないけど、

 ずっと待機してるのもなあ。


「これとかどうかしら」


 そう言って、上映中のとあるアニメ映画のページを見せてくる。

 余命半年を宣告された主人公と恋人とのラブストーリー、らしい。

 ちょっと珍しいのは、余命を宣告されたのが男の側ということところだろうか。

 こういう難病ものは、どちらかというと女性がかかることが多い気がする。


「悪くないけど、珍しいな。あんま趣味じゃないだろ?」


 言っちゃ悪いけど、こういうお涙頂戴系のお話はそれほど趣味じゃなかったはずだ。


「レビューを見て気になったのよね。ガンの終末期医療について考えさせられる、って」

「納得」


 狙って泣きを狙いに来る作品はともかく、テーマを真面目に扱った作品は結構

 好きなところがあるからな。


「よし、行くか。今から行けばちょうど良さそうだし」

「ええ」


 そうして、俺と結衣も映画デートにでかけることになったのだった。

 いつもの映画館に到着すると、上映時間に多少余裕がある状態だった。


 ヒット作というわけではないのだろう。

 それほど客も居ないようだ。


「空いてるわね」

「そんなに売れてないんだろうな」

「大丈夫かしら……」


 ヒット作が突き刺さるとは限らないとはいえ、一抹の不安を抱えながら、

 俺たちは映画館に入ったのだった。


---


 映画は、ガンにかかった主人公が医師に余命半年を宣告されるところから始まる。


 主人公が、余命半年をヒロインに告げるシーン。


 呆然とするヒロインと、最期(さいご)まで一緒に居て欲しいと願う主人公。

 泣きながら、最期まで一緒にいることを誓うヒロイン。


 ここまではわりとありがちだ。


 そこから、二人の日常が描かれていく。

 余命半年とはいえ、最初は普通に仕事をして、週末にはデートに出かける二人。

 

 しかし、時が経つにつれて、少しずつ主人公の病状が悪化していく。

 延命治療の副作用に苦しみ、病気と闘う生活が描かれ始める。


 無理を押してデートをしようとする主人公と、止めるヒロイン。

 デートの代わりに、家で二人に居る場面が増えていく。

 

 延命治療の苦痛をこぼす主人公と、何か言いたげな表情のまま、

 だまってそれに耳を傾けるヒロイン。


 残りの命が減ってもより苦痛の少ない方法を、と医師に相談する主人公と

 その場合の治療方針について説明をする医師のシーン。


 それからは、苦痛を抑えることを中心に治療方針が切り替わる。

 残り少ない命を精一杯生きることを選択する主人公とヒロインの

 生活が少し物悲しいBGMをともに描かれる。


 そして、訪れる最期のとき。

 ドラマチックに、ヒロインが主人公の元を訪れることはなく、

 人生最期のときを一人で迎える主人公。

 

 彼の回想シーンを交えて、死にたくない、死にたくない、と願いながら、

 意識が遠のいていく。


 そしてエピローグ。主人公の墓を訪れるヒロインがこぼした

 「あなたは、最期まで幸せだったのかしら?」

 という台詞が印象的だった。


---


「重い映画だったな。まさかこんなだとは」

「そうね……」


 映画を見たあと、例によって海鮮系の定食を食べながら感想を語り合う。


 一言でいうと、重く痛く悲しくそしてしんどい。主人公が最期に幸福の中で最期を迎えることもないし、ヒロインも主人公の最期を看取ることすらできない。


「ドキュメンタリーに近い感じだったよな」

「そうね。最期のシーンも、どこか淡々した感じだったし」

「ちょっと鬱になりそうだ」

「私も、ここまで重い話だと思ってなかったわ」


 駄作ではないけど、ここまで気分がどんよりする話を見たのも久しぶりだ。


「でも、人が死ぬときって、そういうものなのかもしれないわね」

「そうだな。そこを淡々と突き付けてくるのは凄いが」

「大切な人が最期を迎えるなら、せめて、最期の言葉を交わして、看取りたいわよね」

「同感。リアリティー重視なんだろうけど、救いがないよなあ」


 そんな感想を述べあっていた。

 ふと、LI〇Eの通知が来ていた。

 加藤だろうか。


【昴君、私、どうしたらいいのかな……】


 そんな悲壮なメッセージにびっくりする。

 お互いうまく行くと思っていたのに、なんでそんなことに。


【落ち着け。どういう事情だ?】


 加藤から事情を聞かないことには始まらない。

 聞くと、さっきまで、加藤たちは、遊園地でデートを楽しんでいたらしい。

 待ち合わせも問題なかったし、いい雰囲気だったとも。

 ただ、遊園地内のカフェで倫太郎がふとこぼした

 「由紀子ちゃんは、ほんと明るくて、可愛いよね」という台詞に凍り付いてしまったらしい。

 今の自分はキャラを作っているのであって、そんな偽りの自分のままでいいのだろうかと。


「うっかりしてた……」


 確かにその部分は解決しとかないといけない問題だった。


「どうしたの?」


 加藤からのメッセージを交えて事情を説明する。

 

「難しいわね」


 結衣も考え込む。


「正直、キャラを作ってたといっても、別人格じゃないんだから、打ち明けてしまえばいいと思うんだけど……」

「加藤さんの気持ちとしては難しいわよね」


 キャラを作ってる人なんて、どこにでもいるわけだから、気にし過ぎ、とも思うんだが。

 加藤はそれだけ繊細なんだろう。

 LI〇Eのメッセージだけでどうこうできるとは思えない。


「よし、行くぞ」

「どこへ?」

「遊園地だよ。あいつらのデート場所」

「ええ?い、いいの?」

「いいのもくそもない。応援した手前、これでうまく行かなかったら寝覚めが悪い」

「もちろん、私も着いて行っていいわよね」

「ああ」


 急いで会計を済ませて、駅へ急ぐ。


【とりあえず、間を持たせてくれ。俺たちがそっちに行くから】

【ど、どういうこと?】

【いいから】

【わ、わかった】

 

 加藤にメッセージを送っておく。


 遊園地までは、電車で15分。間をもたせてくれればなんとかなる。


「それで、どうするの?」

「どう伝えればいいものか……」


 倫太郎は受け入れてくれる、とかいったところで、不安は消えないだろう。

 何か、当たって砕けろみたいな……


「よし、これで行こう」


 あんまり俺らしい言葉じゃないんだが。


 遊園地に着いて、加藤たちが居る喫茶店に行くと、窓側の席に、二人が向かい合っているのが見えた。

 電話をかける。


【もしもし】

【もしもし。え、昴君?】

【静かに。今、外に来てる。おまえらの近くで、指指してる】


 そう言って、加藤の席を指さす。幸い、倫太郎は外を見ていないし、

 遠目だと、言われなければわからないだろう。


【なんで来てるの?】

【いいから。倫太郎には、家族から電話があったとかなんとか言って、出てこい】

【う、うん】


 喫茶店から、加藤が走ってくるのが見える。

 

「はあ、はあ……」

「お疲れさん」

「で、ほんとにどういうこと?結衣ちゃんまで居るし!」


 混乱するのも無理はないか。


「あんな相談されてほっとけないだろ」

「だからって、何も来なくても」

「それはおいといて。状況はどうだ?」

「ごまかしたけど、倫太郎君も気になってるのかな。微妙な雰囲気……」

「そうだろな。で、打開策があるんだが」

「打開策?でも、もうどうしようもない」


「まず、聞いておきたいんだが」

「う、うん」

「このまま、キャラを作ったまま倫太郎と恋人になってやってけると思うか?」

「……無理だと思う」

「だろうな」


 世の中には、そういうカップルもいるらしいけど、繊細な加藤には無理だろう。


「なら、諦めろ」

「え?だって、打ち明けて、嫌われたら……」


 嫌われることはないと思うんだが。


「だっても何もない。考えてもみろ。打ち明けなかったとしてだ。倫太郎のことだ。今日告白するつもりで来てるぞ?」

「う、うん。そうかも」

「そうしたら、どうする?」

「……」

「もし、OKしてみろ。ずっとキャラ作ってかなきゃいけないが、加藤には無理なんだろ?なら、NOがいえるか?」

「無理だと思う」

「だろ?なら、もう選択肢はないんだ。打ち明けて来い!」

「でも、それで今までのようにいられなくなったら……」

「もう、とっくにそこは過ぎてるだろ。諦めて次の恋でも探そうぜ」


(ちょっと乱暴過ぎないかしら?)

(まあな。でも、ここは、発破かけないとどうしようもないだろ)

(そうかもしれないけど……)


 小声で話しあっていると。


「わかった。私も腹をくくるよ」


 はっきりとした声で加藤がそういった。


「キャラ作ってたことを言って、それで、告白する」

「そうか。じゃあ、頑張ってこい」

「うん。失敗したら、愚痴聞いてね」

「ああ」


「その、私からも」

「ん?」

「私には、絶対うまく行くって言えないけど。応援してるから、頑張って!」

「うん!」


 加藤はそう言って、喫茶店に戻っていった。


「これでうまくいくといいんだけど」

「そうね……」


 ともあれ、やることはやったので、後は結果待ちだ。


 帰りの電車の中で。


【うまく行ったよ!ありがと☆】


 というメッセージが加藤から送られて来た。


「あ、倫太郎君からだわ」

「そっちもか」


 どうやらうまくいったようで、ほっと一息だ。


「しかし、疲れた……」

「昴にしては珍しいものね」

「ああ、らしくもないことしたなあって思うよ」

「でも、いいんじゃないかしら。昔にもあったし」

「そんなことあったっけ?」


 さすがに、こんなことをするのは人生で初めてだと思うんだが。


「じゃあ、内緒で。でも、ちょっとかっこよかったわよ」


 そう、くすくす笑う結衣。

 自分だけが忘れてるのは少し悔しいが、楽しそうだから、いいか。


「でも、自分のことを差し置いてよく言えたなあ」


 そう自嘲する。


「何のこと?」

「いや、諦めて次の恋を探せ、とか。諦めろ、とか」

「それは、私の事?」

「ああ。俺の場合、結局、結衣からの告白待ちだったわけだし」

「いいんじゃないかしら。人それぞれで」

「まあ、結果オーライってことで」


 そんなこんなで、無事、二人をくっつけよう作戦はうまく行ったのだった。

 もう二度はできる気がしないが。 

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