第27話 初めて彼女が嫉妬した日

 加藤が高校デビューをしていたことがばれたその日の放課後。

 例によって、結衣と二人で帰っている。

 のだが。

 どんよりした雰囲気がただよっている。


「……」

「……」


 結衣は口数が少ないどころか、無言だ。

 表情は、今まで見たことがないくらいむっすりしている。

 

 そんな雰囲気なものだから、俺もうかつに何かを話せない。

 「放課後、何があったか、話を聞かせて」と言われたのだが、結衣から話を振る様子はない。


(怒ってるんだろうか)


 あの言葉からして、浮気を疑っているとか。


(とりあえず、話を切り出してほしいんだけど)


 冷や冷やしながら、結衣の言葉を待つものの、いっこうに何も言ってこない。


 そんなことを考えているうちに、団地まで戻ってきてしまった。

 このままの雰囲気はまずいし、俺から切り出すか。

 そう思ったときだった。


「後で、部屋に行くから」

「あ、ああ」

「話はそのときに聞くわ」

「りょ、了解」


 俺の部屋でゆっくり話をしようということだろうか。


 待つこと30分。

 インターフォンが鳴った。

 少し遅いけど、結衣が来たようだ。


「ど、どうぞ」

「お邪魔します」


 表情は相変わらずの結衣を部屋に通す。

 

 俺の部屋は、結衣と同じ(同じ団地だから、当たり前だが)

 なものの、ベッドはなくて布団を敷いて寝ている。


 二人でちゃぶ台を挟んで向かい合って、座布団に座る。

 胃が痛くなりそうな緊張感だ。


「あの。お昼の話なんだけど」

「お、おう」


 来た。

 何を言われることか、気が気でない。


「加藤さん、昴「君」って言ってたわよね。いつもは、昴「きゅん」なのに」

「あ、ああ」

「それに、加藤さんの雰囲気が違ってた気がしたわ」

「……」

「……加藤さんと何かあったの?」 

 

 慎重に言葉を選びながら言う結衣。

 さすがに、いきなり浮気を疑うことはしないか。

 

 色々言い訳をしても仕方ない。


「すまん!」


 頭を大きく下げた。


「結衣が浮気を疑うのはわかる。だけど、ほんとに加藤とは何もないんだ!信じてくれ!」


 どうだろうか。

 顔を見上げると、そこには戸惑いを隠せない結衣。

 ん?


「え、ええと。一体何を言ってるの?」

「一体もどうも、加藤とは浮気とかじゃないって……」

「言ってることの意味がわからないのだけど」

「は?いきなり加藤の態度が変わったたから、浮気を疑われてるんじゃないかと」

「それだけで浮気を疑ったりしないわよ」


 少し呆れ顔の結衣。

 

「じゃあ、何の話なんだ?」

「加藤さんの態度が変だったから、何があったのか、ちゃんと話を聞きたいって思って」

「それだけ?」

「それ以外何があるの?」


 じゃあ、あのむっすりした表情は何だったのだろうか。

 ただ、考えてみれば、「話を聞かせて」としか言われていない。

 俺の早とちりだったのか。


「そういうことなら。ただ、ちょっと加藤に電話していいか?」

「え、ええ」


 さすがに勝手に秘密を話すのは気が引ける。


 スマホを操作して、加藤に電話をかける。


【もしもし。こんな夜にどうしたの、昴君?】

【ああ、すまん。ちょっと結衣に昼間のことを話していいか聞きたくてな】

【昼間のことって……その、高校デビューのこと?】

【ああ、俺から話すのは筋違いかと思うんだが、結衣との仲がこじれかねなくて】

【結衣ちゃんと?】

【昼間、二人で屋上に行って、戻ってきたら様子が違った、ってことで結衣がな……】

【あ、あちゃー。そんなことが。私のせいでごめん】

【いや、まあいいんだけど】

【そういうことなら、別に。結衣ちゃんなら知られてもいいだろうし】

【わかった。じゃあ、とりあえず、それだけだから】

【結衣ちゃんによろしくね】

【ああ、また明日】


 そう言って、通話を切る。


「それで、話の続きは?」

「ああ。加藤に許可ももらったしな」

「許可がいるような話なの?」

「個人情報ってやつだから」


 俺と結衣の間に何かあったのか心配されたこと。

 そのときに作っていたキャラが崩れたこと。

 普段のキャラは高校デビュー以来作っていたというのを聞いたこと。

 雑談をしたこと。


 そういった話をかいつまんで話す。

 倫太郎関連の話は、さすがに伏せておいたが。


「そうだったのね……」

「ああ、そういうことで、加藤と何かあったわけじゃないから」


 これで安心してもらえるだろう。

 そう思ったのだが、結衣の表情は晴れないどころか、むしろ険しくなっている。

 一体どういうことだろう?


「加藤さんと結構仲良くなったのね」

「あ、ああ。まあ、キャラ作ってたのも初めて知ったしな」

「それで、昴「君」なんだ……」


 言葉だけ聞くと、納得したようだが、どんどん声が重くなっていく。


「そ、そうだけど。つか、どうしたんだ?」

「え?」

「いや、まだ納得してないことがあるのかと。なんか怒ってるような感じだし」


 少し、間が空いた。


「……怒ってた、のかしら」

「は?」

 

 どういうことだ。


「自分でもよくわからないの」

「よくわからない?」

 

 ふと、付き合い始めるきっかけだった、「好きかどうかわからない」を思い出した。


「ええ。ただ、屋上で二人で楽しそうに話してる様子を想像してたら、嫌な気分になってきて……」

「つまり、嫉妬……てことでいいのか?」


 恋人が、別の異性が二人きりでいると気分が悪くなる。

 そういうのは、普通、嫉妬というんじゃないだろうか。


「嫉妬。これが、そうなのね……」


 なんだか納得した様子の結衣。

 まさか、自分が嫉妬していることに気づいてなかったのか?


「ひょっとして、自分で気づいてなかった?」

「え、ええ。恥ずかしながら」


 かなり気まずそうな様子の結衣。

 考えてみると、今まで嫉妬らしき嫉妬というのをされたことがないな。

 「浮気はだめ」とは言われたけど、結衣にしてみれば実感があったわけでもないのだろう。


 しかし、嫉妬か。

 内心、何かまずったかと思っていたが、ほっとした。

 嫉妬されてほっとするというのもなんだが。


「仕方ないんじゃないか?「好き」だってわからなかったんだ。「嫉妬」がわかってなくても」

「……ごめんなさい。そんなこともわからずに、昴を振り回して」


 久しぶりにこういうしゅんとした様子を見るな。

 付き合い出したばかりの頃を思い出し、懐かしくなる。


 ふと、結衣の髪に手を伸ばし、頭をなでる。


「正直、びっくりしたけどな。嫉妬してくれてるってのは嬉しいぞ?それだけお前が好きに思ってくれてるってことだし」

「なんだか、複雑な気分。少し子ども扱いされてるような、でも、嬉しいような」

「いや、子ども扱いってわけじゃないんだけどな。愛しいとでもいうのか」

「うん……。でも、嫉妬ってこんな嫌な気分になるのね」

「まあなあ。男の嫉妬とは違うかもしれんが」

「昴はあるの?嫉妬」

「ま、まあ」


 昔から俺と二人でいることが多かったこいつだが、狙っている奴がいないわけでもなかった。

 そういう奴と二人で話しているのを見たとき、黒い気分になったこともある。


「それっていつ?」

「ま、まあ。中学の頃とか、高校になってからとか。お前を狙ってる奴も何人かいたし」

「狙ってる人なんか、いなかったと思うわよ」


 考えてみれば、告白されたという話を聞いたことはない。

 そんなことがあったら結衣から言ってくるだろうし。

 狙っていたぽい奴らも、告白まではいかなかったのだろう。

 こいつの鈍さなら気づいてないのも無理はない。


「でも、そんなに前から好きで居てくれたのね」

「あ、ああ。まあな」


 そういえば、いつから好きだったとかは言った覚えがないな。


「なんだか、嬉しい」

「お前も、嫉妬話を聞いて嬉しがるなよ」


 俺もだけど。


「ふふ。そんなに昔から愛してくれたんだなって思ったら、凄く心が暖かくて……」


 微笑をたたえながら、そんなこっ恥ずかしい台詞を口にするこいつ。


 こうして、結衣の、初めての嫉妬は終わったのだった。

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