第26話 加藤由紀子という人

 翌日の昼休み。

 加藤と俺は、二人で校舎の屋上にいた。

 普段は施錠されているはずだが、どうやって鍵を開けてもらったのやら。


(どうしてこうなった……)


 俺は、経緯を思い返す。


---


 今朝は、倫太郎のことについて話し合うために、

 登校して着席してから、俺と結衣は二人でLI〇Eを使ったやり取りをしていたのだった。


【で、ほんとに大丈夫なんだろうな】

【大丈夫。昼休みに約束を取り付けてくるから】


 とはいうものの、何かやらかさないか、心配で仕方がない。

 嘘が苦手なこいつのことだ。不審に思ってか問い詰められたら、変なことを口走る可能性もある。


【じゃあ、一つだけ約束な】

【約束?】

【ああ。加藤に問い詰められても、倫太郎のことは口走らないこと】

【さすがにわかってるわよ。私がそんな義理に反したことをする女に見える?】

【いや、そこは心配してないんだが。じゃあ、理由を聞かれたらどうするよ】

【なんとなく、でごまかすわよ】

【そこをごまかしきれるのか非常に不安なんだが……】


 そこまで打ち込んだところで、周りの視線が奇妙なものを見たかのようになっていることに気づいた。

 考えてみれば、隣同士の席で、今は付き合っている年頃の男女だ。

 それに、結衣は口数が多くないとはいえ、朝のホームルームまでだんまりということはほとんどない。


(しまった……!)


 それが、今は二人して黙ってひたすらスマホに文字を打ち込み続けているのだ。

 何事かと思うだろう。


「おい、結衣?」

「……え?」


 呼びかけに答えた結衣は、周囲の視線に遅まきながら気づいたようだ。


「あ、ごめんなさい……」

「いや、俺も悪かったから」


 周囲の視線を集めるような行いをしてしまったのを謝っていたのだが、そうは取られなかったらしい。

 

(ちょっと、どうしたの?様子が変だよ)


 小声で、しかし、真剣な声色で加藤が聞いてくる。


(別になんでもなくてだな)

(さっきから、二人ともずっとスマホいじってたし。ねえ、結衣ちゃんと何かあったの?)


 いつもの、明るくてふざけた感じの話し方ではなくて、本当に真剣そうだ。


(いや、ほんとに何もないんだって。どう説明したらいいんだ……)

(昼休み、空けておいてくれる……?)

(あ、ああ……)


 思わず気おされてうなずいてしまった。

 心配してくれているのはわかるが、勘違いなんだ。

 そう言いたかったが、じゃあ、何なんだという話になる。

 結衣は即興で口裏合わせができるほど器用じゃないし。


 かくして、俺たちが喧嘩でもしているのではと勘違いした加藤によって、

 俺は連行されていったのだった。


---


「で、どっちが喧嘩の原因?」

「いや、そうじゃなくてだな……」


 頭を抱える。

 二人でスマホとにらめっこしてても不思議じゃない言い逃れ、言い逃れ。

 

 デート場所の相談をして、はダメだよな。わざわざ教室で無言のやり取りをするには変だ。

 かといって、正直に話すわけにもいかない。


「言いにくいのはわかるけど」


 予想外に強い押しだ。

 考えてみれば、明るく陽気な面以外を見たのは初めてな気がする。


 って、それはともかく、ひとつ思いついたことがあった。


「いや、本当に喧嘩してるわけじゃないんだ。理由を話すから」

「喧嘩じゃないなら何なの?」

「実は、俺と結衣と共通の昔仲間のLI〇Eグループがあってだな。そのうちの一人と共通の話題で盛り上がってたんだ」


 もちろん、そんなLI〇Eグループはない(俺たち四人のはあるけど)。

 でっちあげだ。

 ただ、付き合いのある友達でも別の知らないLI〇Eグループに入っていることは珍しくない。


「そ、そうなんだ。早とちりしちゃってごめん」

「いや、いいんだけど」


 嘘をつくことに少し罪悪感はあるが、信じてくれたようだ。


「でも、加藤がここまで真剣に案じてくれるとは……」


 それは本音だった。

 四人で遊ぶことこそ、それなりにあったものの、思えば、加藤のことは意外と知らないものだ。


「そりゃ、友達の恋路だから、真剣にもなるよ。二人ともいつも仲が良いし」

「そ、そうか。勘違いさせてすまなかったな」

「私こそ」


 お互いに謝り合う。


「お互いさまって事でいいんじゃないか?」

「そうだね」

「そういえば、なんだにゃー、とか言わないのな」

「あ……」


 まずった、という表情をしている加藤。


「実は、ちょっとキャラを作ってて」

「なるほど。どうしてまた、そんなことを。あ、すまん。それぞれ事情があるよな」


 聞いてから、重い事情があったらどうしようかと、後悔が頭をかすめる。


「いいよ。別に大した事情じゃないから」

「そうなのか?」

「うん。言うのも恥ずかしいんだけど……一言でいうと高校デビューってやつ」

「あー……」


 話には聞いたことがある。高校進学を機にイメージチェンジをしようとすること、らしい。

 伝聞なのは、他の友達には実際に高校デビューをしたやつが居ないからだ。


「それでか」

「中学の頃は、地味というか目立たない感じだったから。高校に入ったら明るいキャラで行こうって」

「なるほどな」


 少し、気持ちはわかる気がする。


「まあ、俺の胸の内だけにしまっとくよ」

「ありがと。助かるよ」


 手を合わせて、拝まれる。

 まあ、人には隠しておきたいことが色々あるものだ。

 語尾とか話し方くらい可愛いものだろう。


「ただ、結衣や倫太郎には、踏ん切りがついたら、話してもいいんじゃないか?}


 結衣も倫太郎も、そのくらいキャラを作ってたからといって、嫌うことはないだろう。


「うん。ちょっと考えてみるね。でも、結衣ちゃんはともかく、倫太郎君は……」


 結衣「ちゃん」が素なんだな。

 しかし、倫太郎に何か問題でもあるのだろうか?


「倫太郎も大丈夫だと思うぞ?俺が保証してもいい」

「昴君が言うなら、そうなんだろうけど……」

「何か理由でもあるのか?」


 倫太郎だけに言いよどむ理由が気になった。


「絶対に、絶対に、誰にも話さないって誓える?結衣ちゃんにも」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 そこまでして念押しする程だ。

 よっぽどのことなんだろう。


「実は、倫太郎君のことがちょっと気になってて。それで、ぎくしゃくしたら嫌なんだ」

「マジか……」

「うん。マジ」


 事情は分かったが、これは……。


「そういうことなら、俺は応援するよ。倫太郎も小学校の頃からの付き合いだしな」

「ほんと?」

「あ、ああ」

「なら、もっと倫太郎君のこと、教えてよ」

「俺でよければ」


 そうして、しばらくの間、倫太郎との付き合いの始まりから今に至るまで。

 今の部活を始めたきっかけや、好きな食べ物とかも。

 話の途中で、何度も質問や相槌をうつ姿は真剣だ。

 これなら、きっかけさえあればうまく行きそうだな。


 しかし、倫太郎に話さない約束をした手前だ。

 加藤の本音は伝えられないし、とはいえ、それとなく聞いてみるとは言っちゃったし。

 つか、結衣にも言えないんだよな。

 うーむ、どうしたものか。


 こうして、恋の相談役になるはずが、余計にこんがらがった事態を引き起こしたのであった。


 そして、教室に戻って解散する直前。


「ありがと。それと、さっきは誤解してごめんね。昴君」

「それはまあいいんだけど。頑張れよ」


「……昴「君」?」


 ああ、加藤。お前がキャラを作り忘れてたせいで、また誤解が生まれそうだ。

 しかも、タイミングが悪い。


 その日の放課後からは、時間を目いっぱいつかって、結衣の誤解を解く羽目になったのだった。

 結衣が嫉妬するとこうなるとは。


(くれぐれも、浮気はよそう)


 しないけど。

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