ガガーランとモモンさん。とイビルアイ

@6nginu

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王都動乱戦ヤルダバオト撃退の少し後。

朝日が差し込み始めたとある王都の一画で祝勝の宴が開かれていた。

これは王やラナー王女、レエブン候などのはからいによるもので、複数の高級レストランなどが無料で解放され野外会場まで作られていた。

会場には王都を守るため悪魔と勇敢に戦ったほぼ全ての者が集まっていた。

ほとんど皆が傷を負い心身ともに疲れ切ってはいたが、強大な敵を追い払った勝利に沸いていた。

もちろんその中心にいたのは敵悪魔の首魁ヤルダバオトをたった一人で撃退した漆黒の英雄モモンである。

大英雄の周りには握手やサインを求めたり、感謝でむせび泣いたり、弟子にしてくれと土下座したり、抱きついて求婚を申し込んだりする者たちが溢れ返っていた。

宴もたけなわになり、酒を飲んで酔いが回った者たちがさらにモモンの周りに群がり始めていた。

宴会の始めからモモンの左腕を両腕で抱き抱えながらくっついていたイビルアイが酔っぱらいどもを羽虫のように追い払い、言い寄る女たちに無言のプレッシャーを送っていた。

こんなはちゃめちゃな状況にアインズは精神的に参っていた。

(正直、デミウルゴスとの戦闘の演技の方が楽だ。はぁ~。)

誰にも聞こえない小さなため息が英雄から漏れた。


それから少しのち、疲労と酒のせいかあたりは一転寝静まっていた。

気持ち悪いほど体を擦り寄せてくるイビルアイもようやくどこかに行って、一人になった英雄モモンは憚ることなく大きなため息をついた。


ガガーランは男を探していた。

なぜならあれだけの死闘の後で体の奥底に灯った熱い焔を鎮める方法は1つだけだからだ。

だがクライムに断られ、ブレイン・アングラウスにも断られ、ガゼフ・ストローフにもあっさり断られた。

仕方がないので少し外に出て適当な男を掴まえて声を掛けまくってみたが全て失敗に終わった。

気分を入れ替えようと戻って来たガガーランの瞳に一人で佇むモモンの姿が映った。

ガガーランは己の愚に気付いた。

最高の上玉、英雄モモンを失念していたことに。

(だがこれは俺にとって最高のチャンスだ!ぴったりくっついてやがったチビも居なくなってるしな。)

ガガーランはモモンに近寄ると何気ない挨拶から切り出した。

「モモンさん、やっと野郎どもから解放されたようですね。ご苦労様です。」

「ガガーランさん。いえいえ、皆さんお疲れのようでしたから。」

「そう言えばうちのチビがとても世話になったそうでどうもありがとうございました。」

「いえ、私はただアダマンタイト級冒険者として当然のことをしただけです。ところでガガーランさんは復活直後だと思うのですが体の方は大丈夫ですか。」

「ええ、まあ仲間にも復活直後に無理な戦闘をしてるんだから大人しく寝てろと言われたんですがね。戦闘の後はどうも気が高ぶってしまって。モモンさんも強敵と戦った直後でまだちょっと興奮してるんじゃないですか。」

はぁ確かにちょっと。と気のない返事を返すモモンにガガーランは勝機を見出だした。

「ところでモモンさん、今から二人で高ぶった気を鎮めにベッドの上でもう一勝負してみませんか!」

「えっ…………。」


モモンはばつが悪そうに顔を横に背けてひとしきり体をソワソワさせている。

予想外なモモンのこの反応にガガーランは戸惑っていた。

ガガーランが声を掛けた男は大抵、顔色一つ変えずに断るか笑いながら冗談と受け流して断るかのどちらかだ。

まさかモモンがこんな鳩が豆鉄砲を食らったようになるとは思ってもいなかったのだ。


アインズはテンパっていた。

油断して素の自分が出てしまった。

まさかほぼ初対面のこんな筋肉ムキムキの女までおかしな事を言い出すとは思ってもいなかった。

動揺せずに冷静に「はは、ご冗談を。今は体を十分に休めて下さい。また後で蒼の薔薇の皆さんと一緒に話しましょう。」ぐらいで問題なく切り抜けられたはずだ。

だがその機会はもう永遠に失われた。

アインズを以てしても時間を遡ることは不可能なのだ。

(まったく、蒼の薔薇はイカれた女の集まりなのか)

小さな怒りが湧き起こってくるが、今はそれどころではない。

早く取り繕わないとさらに不自然になってモモンの評価が下がってしまう。

さっきのミスが帳消しになるようなうまい言い訳を必死に考えるが全くいい言葉が浮かんでこない。

焦りでジリジリと焼かれた精神が耐えきれず強制的に沈静化した。


ガガーランは考えていた。

モモンほどの力を持つ男が何故こんなに慌てているのか。

クライムですら初めて誘った時でも慌てたりはしなかった。

普通に考えて英雄と呼ばれる男であれば、女の扱いには慣れているはずだ。

たとえそれがガガーランのような見た目の女であってもだ。

それに実際にモモンには美姫と呼ばれるナーベという仲間がいるから、女性経験が皆無なんてありえるはずがない。

そこまで考えてふとある可能性に思い至った。

実はモモンはガガーランに一目惚れしている、という可能性だ。

もしかしたらガガーランのような筋肉タイプの女性を見るのが初めてで、同じ戦士として筋肉に惹かれたのかもしれない。

そこまで妄想を逞しくしてガガーランは馬鹿なと激しくかぶりを振った。

(はぁ。どうやら復活直後のせいで頭がおかしくなってて正常な思考じゃねぇな。)


「…あの、ガガーランさん。私はこれから悪魔の残党がいないか見回りをしてくるのでちょっと失礼させて頂きます。」

立ち上がって去ろうとしたモモンをガガーランは壁ドンで制した。

「モモンさん、さっきの返事聞かせてもらえませんか。」

有無を言わせず体を近付けて迫ってくるガガーランにモモンは完全に困惑している。

(この感じ、そもそもモモンさんは拒否すらしていない。これは、イケるっ!)

ガガーランはここへ来て勝利を確信した。

ガガーランの経験からいって、この手の男は押して押して押せば、押し倒して仕舞えるのだ。

ガガーランの表情が獲物を見つけた肉食獣に変わり、モモンという獲物の首筋にがぶりと噛みついて一瞬で仕留めようと口を大きく開けた。

その瞬間ガガーランは背後にとてつもない殺気を感じた。

慌てて振り返ると五メートルぐらい先の物陰に隠れて頭だけをヒョコっと出しているイビルアイがいた。

イビルアイは何も言わずに大股でこっちに近づいてくる。

その姿からは怒りの炎がめらめらと燃えて渦巻いているように見えた。

ガガーランは咄嗟に言い訳を口にしようとしたが、イビルアイはそれを許さなかった。

イビルアイの渾身の力を込めた拳がガガーランのみぞおちにクリティカルヒットしたのだ。

膝からガクッと崩れ落ちたガガーランの耳元でイビルアイが叫んだ。

「お前は寝てろっ!!」


ほぼ瀕死状態のガガーランが担架に載せられて運ばれていった。

モモンの隣ではイビルアイが「あの筋肉野郎がっ」とか「モモン様すみません。うちの筋肉馬鹿がご迷惑をお掛けして」などとぶつぶつぼやき続けている。

アインズはとりあえず窮地を脱してほっとしていた。

そしてアインズはこの子供のような変な女に初めて少し好意を抱いた。

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